教育評論第39巻第1号
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71フランスにおける旧植民地および移民へのまなざしの変化─国立移民史博物館の沿革から─は、以下の点が指摘できる。まず、多くの展示区分において、軸となっているのが移民政策転換時の年号であり、フランスがどのような姿勢で移民を受け入れてきたのかが展示の中心的視点になっていることである。奴隷貿易当時の奴隷の強制移動や、フランス革命期の外国人の受け入れから始まって現在に至るまでの歴史的過程を通じ、移民を取り巻く環境が政治状況によっていかに大きく変化してきたかという点が全体を通しての主題となっている。ただし、1983年に移民たちによって行われた「平等と人種差別反対を求める行進」に光が当てられることも見逃せない。そこでは移民が、政治状況に翻弄されるだけの受け身な存在以上のなにかであることが説得的に示されている。さらに、移民と植民地との連関を明示している点も、もう一つの特徴である。すべての展示を通してみると、歴史上、フランスは他のヨーロッパ諸国から多くの労働移民を受け入れてきた。また、フランスからそれらの国へ移住する人口も多い。しかしながら、近年増加する非正規移民には旧植民地出身者が多くおり、この理由を紐解く視点の一つとして奴隷貿易や植民地統治の歴史を提示していることがうかがえる。最後に、今日的な課題から移民史を掘り下げているという点である。たとえばサンパピエに代表される移民を取り巻く問題である、就労許可、滞在許可、身分証明などの公的な証書をめぐる議論が、歴史の中でどのように展開され変化してきたのか、また、どのように提供され所持されてきたのかが、実際の証明書を展示しつつ明確に説明されている。さらに、今日にもみられる移民の人種による差別についても、過去にはどのような状況下で発生してきたのか、どのような結果を生み出してきたのかという点が述べられており、見学者の身近な移民問題や、今後の移民政策の在り方を考えるうえで有用なものとなるよう試みられている。当の国立移民史博物館を舞台とした、2010年のサンパピエによる占拠運動に関する展示は、こうした試みを象徴するものといえるだろう。おわりに本論では、国立移民史博物館や展示の変遷から見る移民へのまなざしの変化について検討することを目的とした。刷新された国立移民史博物館の常設展示では、過去400年の歴史を□り移民の軌跡をたどる。大枠として設定された11の年号軸ではあるが、それぞれの期間において、移民政策や移民の置かれた状況に変化があり、それは、当時の社会・経済的背景や政治的要請と強く結びついた結果であった。移民に対するまなざしの変化は、フランスが「国家」や「人種」をどのように捉え、どのような関係性を目指してきたかという変化でもある。国立移民史博物館の展示は、フランスという国家と社会が、増加する移民や人口構造の変化に対して、日々、新たな形を模索し続けていることを我々に示している。【付記】本論文は、JSPS科研費研究課題JP20K02617の研究成果の一部である。

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