教育評論第39巻第1号
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70写真5:リビアの移民交流センターの様子(左)、海難救助船アクエリアス(右上)とアクエリアスのデッキ(右下)、アクエリアスのゴムボート(中央上)。(2023年8月17日筆者撮影)早稲田教育評論 第 39 巻第1号ス、ブルガリア、ルーマニアなど、EU加盟国のなかにはシェンゲン協定に加盟していない国もある。また、協定国間の移動の自由と引き換えに、EUが対外国境を強化したという側面もあった。フランスでは、移民の条件が厳格化されたため、1990年代を通じて新たな抗議運動が起こった。移民の子孫が受ける人種差別の問題は、公的な議論でも繰り返し取り上げられている。とはいえ経済的、政治的、文化的にイニシアチブをとる移民(や移民出身者)も多くいる。また、両親の出身国や自身の出身国と密接な関係を築いている移民もいる。年号を軸としたこれらの11区分の他に、「現代」の区分も設けられている。「現代」では、移民に関しての今日的な課題である、統合や移住、ポストコロニアル的状況など多様な展示が展開されている。年々増加する、ヨーロッパ諸国へ向かう非正規移民の移動は命の危険をともなっており、2016年から2018年にかけて、海難救助船「アクエリアス号」によって、地中海で3万人以上の移民が救助された(写真5)。さらに注目されるのは、2010年に発生した、非正規労働者サンパピエによる国立移民史シテの占拠が、「現代」の移民史の一場面として取り上げられていることである。植民地博覧会の展示会場となったポルト・ドレ宮のホールの壁面には、植民地博覧会当時に帝国主義を賛美する目的で描写されたフレスコ画が残っている。旧植民地であるマリ出身のサンパピエがこのフレスコ画を見つめる姿を捉えたマシュー・ペルノ(Mathieu Pernot)による写真は、フランスにおける移民や移民史、植民地史の関係の複雑さを物語る、非常に象徴的な構図を備えた作品である。これらの展示による、移民を取り巻く今日的な状況の提示は、現在のフランスにおいて移民が置かれている立場や、移民政策の課題について見学者に否応なく考えさせる仕組みとなっている。(3)展示内容の特徴以上に見てきたように、国立移民史博物館の現在の常設展示では、1685年以降の移民を取り巻く主要な出来事を基軸として、現代までの歴史をたどっている。この展示にみられる特徴として

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