教育評論第39巻第1号
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65フランスにおける旧植民地および移民へのまなざしの変化─国立移民史博物館の沿革から─Noiriel)や29、パトリック・ヴェイユらによる研究の影響を大きく受けており、19世紀から始まるヨーロッパ移民の歴史を重視していた30。当時の常設展では、急速に増加する外国人移民のフランスへの統合、国籍や市民権の獲得過程に注目し、移民の労働と居住の歴史にかかわる展示が展開されていた。常設展示は「ランドマーク」(Repères)と題され、フランスにおける200年の移民の歴史についてテーマ別に紹介された。映像を多く用いて個人と集団の歴史のなかにある移民の人間的側面を表現することで、移民史と移民の現状を描き出した31。常設展は大別して3つのテーマに分かれており32、第1部では、移民の出国理由や、目的地であるフランスまでの旅路、国境の状況などについて、移民の集団としての歴史と個人としての歴史を結びつけながら解説されている。第2部では、フランスにおける住環境や、労働環境、人種問題が扱われている。また第3部では、移民の言語、宗教的アイデンティティと慣習、そしてその多様性に焦点が当てられている。さらに、フランス社会を豊かにする様々な外国文化に光を当て、建築、造形、映画、ダンス、文学、音楽などの、多様な芸術文化がフランス文化に貢献してきた点が着目されている。展示内容は、写真が中心になっており、3部門すべてに配置されている。しかしながら、2010年以降、来客数の減少もあいまって、4つの監督省庁(現在の文化省、国民教育省、高等教育省、内務省)から展示や運営形態を再編する要請が上がった。博物館の2010年の運営評価では、具体的な課題として、①展示に一貫性がなく、ポルト・ドレ宮との関連もないこと、②メディア・ライブラリー等を通じた知識や情報の公開が不十分なこと、③研究者の欠員が補充されず、研究蓄積が少ないこと、④入場者が年々減少していること、⑤財源が不足していること、⑥公共施設としての管理・運営体制が不十分であることなどが挙げられた。これらの課題を受けて、常設展示の内容を充実させ、ポルト・ドレ宮も含めた歴史的な内容を組み込むことや、教材として使える資料を充実させオンラインで公開する等の対策が提案された33。さらに2017年には、国立移民史博物館が本来掲げている「移民に対する人々の見方や考え方を変える」という使命に立ち返り、常設展の見直しを行うことになった34。そして、歴史学者であるバンジャマン・ストラ(Benjamin Stora)が議長を務める2017年6月14日の方針評議会で、科学委員会の招集が決定された。科学委員会の委員長はコレージュ・ド・フランスの教授であるパトリック・ブシュロン(Patrick Boucheron)が35、科学委員会の事務局はパリ政治学院研究部長であるロマン・ベルトラン(Romain Bertrand)が務め、歴史学者、人口学者、地理学者、社会学者、政治学者、経済学者、美術史家、美術写真家、デザイナー、空間デザイナーなど約40人が集った36。研究の結果、報告書として『歴史を共有する博物館』(Faire musée d’une histoire commune)が作成された37。この報告書の提案では、旧来の常設展示を完全に入れ替えて変更するという形はとらず、むしろ、より長い歴史的視点を取り入れて時系列的な参照点を加え、よりグローバルな視野から内容を補完する形を取るのがよいとされた。これらの変更点を反映し、2020年12月から3年間の常設展示の改修を行った末、2023年6月17日に新たな常設展示が公開された。刷新された常設展示では、従来のテーマ別アプローチから歴史的アプローチへと展示手法が変更され、フランスと移民との関係において重要と思われる年号を基軸としてテーマを編成する展示が展開されている。軸となる年号は、フランス領アメリカ諸

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