教育評論第39巻第1号
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キーワード: フランス、移民、移民史、博物館、植民地【要 旨】2007年に国立移民史シテの名で開設されたフランスの国立移民史博物館(le Musée national de l’histoire de l’immigration)は、改修の末、2023年に新たな出発を遂げた。本論文では、筆者が2023年に訪問した国立移民史博物館で収集した資料や、同博物館をめぐる研究論文、マスメディアの報道等を用いて国立移民史博物館の沿革を分析し、移民や旧植民地を取り巻く社会的言説との連関について考察する。国立移民史博物館は、フランスにおける移民の歴史に関連した資料を収集、保存、公開し、フランス社会への移民の統合についての理解を深めることを目的として設立された。しかし設立の理念に反し、博物館それ自体が政治的影響を大きく受けてきた。移民政策の厳格化を目指すサルコジ政権下では、2007年、博物館の創設に携わった委員会メンバーが反対表明のため辞任した。また、2010年には移民非正規労働者の地位の向上を目的としたデモが起こり、約500人によって同館が占拠された。こうした一連の流れは、移民政策の妥当性をめぐる政治的議論を助長した。移民を取り巻く社会的環境や移民史研究の傾向の変化を受け、2023年以降の国立移民史博物館の常設展示では、従来のテーマ別アプローチから歴史的アプローチへと展示手法が変更された。これにより、フランスと移民との関係において重要と思われる年号を基軸とした展示が展開されるようになった。フランス社会の文化的多様性が何に由来し、それが時代とともにどのように変化してきたのかについて、年表や歴史的資料などに基づいて表現されるほか、移民の歴史の具体に迫る証言の提示や、写真や動画、美術作品などが展示されている。これらによって多角的な視点から個々の移民を描き出すことが試みられている。はじめにフランス国立統計経済研究所の2022年の統計によると、フランスの総人口の10.3%に相当する約700万人が移民であり、このうち36%がフランス国籍を取得している1。2024年1月には、建設業や飲食業、介護職などの人手不足が深刻化する分野における非正規移民労働者の例外的な正規化と、公共の秩序に対する深刻な脅威となる外国人の追放の迅速化を規定する法律が公布された2。移民に対して、不十分な社会活動への補完的役割を担わせつつも、必要以上の増加は許容しないというのが政府方針の現状である。フランスにおいて、こうした移民への意識や認識はどのように変化してきたのだろうか。それを紐解く一助となりうるのが、国立移民史博物館(le Musée national de l’histoire de l’immigration)谷口 利律59フランスにおける旧植民地および 移民へのまなざしの変化─国立移民史博物館の沿革から─

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