図136早稲田教育評論 第 39 巻第1号させることそれ自体が、法に適わないことであろう。また、成人後に「奥様」のもとから「逃げ出し」、現代奴隷制反対委員会の助けを借りたという事実そのものが、ラニアの置かれていた状況が「外部から遮断」されていたことを推測させるに十分であろう。資料の読解と資料外のヒントの提示をもとにしたこのような考察が、生徒に求められているといえる。資料4 現代の奴隷制を告発する〔現代奴隷制反対委員会が作成したポスターの図像が示されている(図1)(9)。〕設問3 ポスター(資料4)を手がかりにして、もし、ラニアが逃げ出さなければ、どのようなことが起こる可能性があったかを想像しなさい。設問4 ポスター(資料4)の意味するところを、スローガンに込められた皮肉と、写真とスローガンの間のずれについて示しながら、説明しなさい。資料4は図像である。設問3・4に答えるには、ラニアのエピソードをふまえて、図像を解読する必要がある。図像は、パリの現代奴隷制反対委員会が作成したポスターである。暗い色調の写真が背景となっている。写真には、寝転んだ状態の人間の、片足の足首から先が、中央に大きく映し出されている。足首には一つのタグが、針金のようなもので巻き付けられている。タグには、「名前:不詳、年齢:不明、職業:奴隷、死亡地:パリ」と記されている。タグの内容から、足首は死体のものであることがわかる。この写真を背景として、ポスターの中央には、「フランスにおける奴隷制は終わっていない。あなたには、何もしない自由がある」という文章が白文字で配置されている。設問3・4に答えるには、ポスターに込められた「皮肉(ironie)」の解読を主眼とした図像解釈が必要となる。皮肉は、フランスでしばしば説得手段として好まれて用いられる修辞技法である。この技法は、伝えるべき意味を明示しない(明示的には反対のことを述べる)ことで、読み手・聞き手の思考を刺激し、言外の意味を推測させる、という効果をもっている。これらの設問では、ポスターの皮肉をきっかけとして、生徒にみずから考え・議論するための強い動機づけを与えることが意図されているといえよう。問題のポスターの皮肉は、幾重にも重なった意味の層を有している。タグに注目してみよう。西欧近代文明の精華である大都市を指示する「パリ」の文字は、「名前」も「不詳」で「年齢」も「不明」のまま、文字どおり人知れず死んでいった匿名の存在の〈記録〉の一部として、タグの中にむなしく、無機質に並んでいる。さらに、断じて「職業」たりえないはずの「奴隷」が「職業」として記されているという矛盾が、タグの中央に印字された「職業:奴隷」という簡潔な文言のなかに隠されている。ラニアもまた、逃亡しなければ、奴隷状態に置かれ続け、ついには「固有の名前」を知られることすらなしに、死んでいたかもしれない。多感なコレージュの生徒にとってはシビアな課題かもしれないが、このような事態に想いをはせるための動機づけの仕
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