教育評論第39巻第1号
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www.esclavagemoderne.org. 2016年による。35フランスの前期中等教育段階における道徳・公民科授業・教材研究(1) ─「自由」をめぐって─題としており、生徒たちの身近なところで「他者の自由」が抑圧・剥奪されているという状況に気付かせるための資料となっている。資料3 10年に及ぶフランスでの奴隷生活「モロッコ出身のこの若い女性は、そのとき8歳だった。やもめとなっていた彼女の父親は、ある女友達からこう勧められた。娘をフランスに連れて行くべきだ、フランスなら学校に行くことだってできるだろうから、と。パリに着くと、はじめの1年は普通に過ごした。しかし、その後、ラニアは学校をやめさせられ、別の家庭に『貸し出され』た。そこで、料理をしたり、アイロンがけをしたり、掃除をしたり、1歳と4歳の二人の子どもたちの面倒をみたりすることになった。週末には『奥様』のところに戻り、そこでも掃除、洗濯、子守をしていた(中略)。彼女は10歳になっていた。彼女は、その後10年ほどにもわたって、いくつもの家庭に送られた。というか、続々と交代する彼女の使用者たちから金銭を受け取っては懐に入れてしまう『奥様』に対して屈従を強いられることになった。20歳になったとき、彼女は逃げ出した。そして、奴隷制反対委員会の助けを借りて『奥様』を告訴した。」設問2 「ラニアは奴隷であった」と言うことのできる根拠に下線を引きなさい。資料3については、まず、この文章が「現代奴隷制反対委員会」(Comité contre l’esclavage moderne)のHP(www.esclavagemoderne.org.)からの引用記事であることが明示されていることに、注意が向けられねばならない。遠い過去の話ではなく、「2016年」時点の、現代フランスの「奴隷制」の問題であることが示唆されているのである。設問2のねらいは、制度上は奴隷制が廃止されたはずの現代において、実質的な「奴隷制」に苦しむ人々の存在に目を向けさせ、この問題を、権利としての自由の侵害問題として自覚化させることにあるといえる。授業では、資料1の年表の下に配置された語彙説明を参照するように、担当教員は生徒たちを促していた。現代の奴隷制:身分証明書類〔パスポートなど〕を他人に没収され、その他人の利益のために、劣悪な食事と住環境のもと、外部から遮断された状態で、休日もなしに無賃労働を強いられているときのような、他人の支配下に置かれた人の境遇。この語彙説明が、上記の資料3を読み解き、設問2に答えるためのヒントを提供する意図で配置されていることは明らかである。ラニアのエピソード自体は断片的な情報しか伝えていない。そのため、身分証明書がとりあげられていたのか、食事や住環境の状態がどうだったのか、ラニアが完全な無賃労働状態に置かれていたのかどうかについては、ヒントを参照しつつ、指導上の工夫をこらして、生徒に想像・推測させる必要がある。ラニアに休日は与えられず、「奥様」が「顧客」からの支払いを自分の懐に入れているため、正当な対価を支払われていなかったことは少なくとも確かであろう。そもそも、未成年者から教育機会を奪い、このような家事労働に従事

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