教育評論第39巻第1号
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34早稲田教育評論 第 39 巻第1号スは必ずしも輝かしい位置を占めてはいなかったことがわかるのである。この設問が示唆しているのは、自国が格別に優れた国であるわけではないことを学校で公然と話題にできるほどに、フランスは成熟した国であるという暗黙の自負であろうか。あるいは、フランスの学校で教育を受ける子どもたちは、将来のフランス国民であるとともに、欧州連合に属する世界市民でもあるのだから、祖国について、ある程度距離をとって相対化して捉える姿勢が必要である、というメッセージであろうか。こうした問いは、道徳・公民科教育のなかで、授業を受ける子どもたちが帰属すべき〈祖国〉がどのように扱われているかという問題、より一般的には、ナショナル・アイデンティティや愛国心、ナショナリズムをどのように扱うかという、道徳教育・公民教育におけるもっとも重大な問題の一つにつながっている(8)。以上の設問4で活動1は終わり、次の学習活動(活動2)に移る。活動2は次のように題されている。活動2 他者たちの自由への権利(le droit des autres à la liberté)を擁護することまず、このタイトルについて注目すべきは、いまや問題となる自由の権利主体が、〈私〉ではなく、「他者たち」(autres)となっていることである。対照的に、活動1では、「集会と結社の自由」が設問の主題となっていたことからうかがわれるように、自分自身の自由から出発して、それを集団で擁護すること、いわば〈私たちの自由〉の擁護が問題となっていたと考えられる。しかし、活動2では、そうした〈私〉や〈私たち〉の視点からは漏れ出る「他者」、具体的には、力を奪われ、社会のなかで不可視なものとして沈黙を強いられているマイノリティの人々の自由の権利へと、視点が移動している。活動2の眼目は、この視点の移動を促し、自由と権利についての理解を深めることにあると推察される。活動2では、以下の三つの資料(資料2〜4)が提示され、各資料におおよそ対応するかたちで四つの設問が設定されている。以下では、各資料を、それに対応する設問を付記するかたちで訳出し、解説を付す。資料2 奴隷制は廃止される「フランス人民の名のもとに、暫定政府〔1848年の2月革命後に組織された政府で、共和政を宣言した〕は、奴隷制は人間の尊厳に対する侵犯であり(中略)、『自由、平等、友愛』という共和主義の信条に対する明白な侵害であると考え、以下の通り宣言する。第1条 奴隷制は完全に廃止される(後略)。」 1848年4月27日付 政令設問1 1848年に奴隷制が廃止されるに至った理由となるものに下線を引きなさい。設問1は、奴隷制廃止の「理由」を示す語句を、資料2から選ばせるものである。「人間の尊厳」という普遍的な人権思想と、「自由、平等、友愛」という共和国の理念とのかかわりで、奴隷制が廃止された必然性を理解することが求められる設問である。次の資料3からは、視点が過去から現代へと移動する。資料3・4は、「現代の奴隷制」を問

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