キーワード: フランスの学校教育、EMC、道徳教育、市民性育成、授業研究、教材研究【要 旨】本稿では、フランス外務省が管轄する在外教育庁の直轄校、東京国際フランス学園(Lycée français international de Tokyo)で実施された第4級(中学校2年生相当)の道徳・公民科(Enseignement moral et civique)の授業の観察をふまえて、主たる教材とされた学習ノートの構造を検討する。検討対象は、アチエ社が発行する道徳・公民科第4級の学習ノートの「自由」を扱った箇所である。この学習ノートは、自分自身の権利から出発して、他者の権利(他者の自由を擁護する自己の義務)を擁護することの必要性へと学習者の視点を移すことを意図して入念に構造化されている。フランスの道徳・公民科は、一方で歴史的知識を参照しつつ、他方で、共和国において道徳的政治的に妥当な行動についての議論と反省を通じて、「健全な判断力」をもった良き市民の育成を目指している。これは、短い読み物教材の登場人物への共感、感情移入によって生徒の「心情」に訴えて、望ましいふるまいに対する「実践意欲と態度」を育てようとする日本の道徳教育のあり方とは際立って異なっているように思われる。はじめにこの度、フランス外務省が管轄する在外教育庁の直轄校、東京国際フランス学園(Lycée français international de Tokyo)において定期的に道徳・公民科の授業見学ができることとなった。当校は、保育学校(3年課程)、小学校(5年課程)、コレージュ(4年課程)、普通科リセ(3年課程)を設け、日本の学校法人格も得ており、フランスの国民教育省(文部科学省相当)が定めるプログラム(学習指導要領相当)に準拠した教育を行っている。普通バカロレアの合格率がほぼ100%に達しており、様々な困難を抱えるフランス本国の学校以上に、プログラムが目指す教育成果が達成されている学校ということができよう(1)。道徳・公民科(Enseignement moral et civique)の授業は、原則として、小学校では学級担任が、中等教育段階では地歴科教員が担うこととなっている。筆者らが観察したのは、博士(歴史学)の学位を持つ地歴科のベテラン教員が担当する第4級(4年制のコレ−ジュの第3学年、日本の中学校2年生に相当)の授業である。教科書は使用せず、学習ノート(生徒が各自購入)(2) にそって各回の授業が進められた。この学習ノートでは、第4級の道徳・公民科で学ぶ内容は、「第1部:自由」、「第2部:正義/司法の大原則」、「第3部:緊張関係のなかにある共和国の諸価値」、「第4部:公共善のために自由を行使すること」の4部に分かれている。本稿では、そのうち吉野 敦・杉山 大幹・□ 和希鈴木 規子・上原 秀一・坂倉 裕治27フランスの前期中等教育段階における 道徳・公民科授業・教材研究(1)─「自由」をめぐって─
元のページ ../index.html#33