教育評論第39巻第1号
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キーワード: 歴史教育、ラテンアメリカ、世界史教科書、世界史探究、アステカ文明、インカ文明、メキシコ革命、通俗的歴史観【要 旨】本稿の目的は、日本の歴史研究の「辺境」に位置するラテンアメリカ研究の立場から、高校の世界史教科書における歴史叙述の問題点を指摘し、その改善策を探ることである。具体的には、いわゆるアステカ・インカ文明とメキシコ革命を歴史的トピックとして取り上げ、それらの教科書における誤った位置づけや、他の歴史的事象との関連性の欠如について論じる。アステカ文明とインカ文明は、エジプト文明、メソポタミア文明、インダス文明、黄河文明と並んで「古代文明」と記述されることが多いが、紀元前に栄えた前者の文明と、15〜16世紀に栄え、スペインの征服者によって滅ぼされた後者の文明とをあたかも同時代かのように結びつけるのは、歴史叙述としては明らかな誤りである。また、メキシコ革命が20世紀前半を代表する大きな社会変革の一つであったにもかかわらず、メキシコ革命と類似点の多いロシア革命と比較して教科書に記述されていないのは、関連づけの欠如だと言わざるをえない。本稿はこれらの問題を解決することによって、巷に蔓延する「通俗的歴史観」もまた克服することができるのではないかと提案する。1 http://www.shigakukai.or.jp/journal/about/。2024年9月16日最終確認(以下、オンライン上の出典確認についてはすべて同様)。2 「回顧と展望」が始まったのは1948年度(1949年掲載)からであるが(ただし、その名称は「1948年の歴史学界」で、「回顧と展望」と冠されるようになるのは厳密には翌1949年度からである)、ラテンアメリカが登場するのはそこから遅れること19年後の1967年度(1968年掲載)であった(史学会編 1988:まえがき1,4)。また、その名称は1989年度までは「中南米」で、その後「ラテン・アメリカ」に変わった(後藤 2003:400)。なお1967年度は、1966年度以前は「日本史」・「東洋史」に比して大まかな時代区分こそあれ地域区分のなかった「西洋史」に、ラテンアメリカのみならず、イギリス・フランス・ドイツ等の区分もようやくにして設けられた最初の年でもあった。3 本稿が以下で扱う『世界史探究』の教科書(7冊)中、ラテンアメリカの現在の独立国33カ国で索引に掲載されているのは、わずか6カ国(具体的には、アルゼンチン、キューバ、ハイチ、パナマ、ブラジル、メキシコ)である(筆者調べ)。無論、本文中で叙述された世界の国名のすべてが索引に網羅されるわけではないにしても、その扱いが小さいことは間違いない。はじめに日本における歴史研究の対象として、ラテンアメリカはもっとも「辺境」に位置する地域のひとつである。それが証拠に、たとえば、「1889年(明治22年)の創刊以来、120余年の歴史をもつ、日本で最も古い歴史学の学術雑誌」1と謳う『史学雑誌』(史学会発行)では、毎年掲載する「回顧と展望」において前年の国内の研究成果を地域ごとにレビューしているが、レビュー順(序列順?)の最後を飾るのは、他でもないラテンアメリカである2。研究分野での存在感が希薄であるから、日本の世界史教育の中でのラテンアメリカの存在感もまた薄いことは言うまでもない3。しかしながら、ことは「世界」の歴史に関わる以上、マイナー後藤 雄介17「辺境」から考える歴史教育─『世界史探究』におけるラテンアメリカの位置づけをてがかりに─

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