120早稲田教育評論 第 39 巻第1号紹介していきたい(分担執筆:趙天歌)。2.4 「流動児童」と「留守児童」のための公益図書館──福建省厦門市集美区後溪鎮「港頭公益図書館」2.4.1 研究背景中国では、1958年の「中華人民共和国戸籍登記条例」に基づいて、農村人口の都市への移動が厳しく制限されてきた。しかし、1980年代以降、改革開放政策の実施により、都市部の経済が急速的に進展し、都市部に流出して就業する農民が現れるようになった。彼らは「農民工」と呼ばれ、中国政府は「農民身分は変わらず、都市部における厚生やサービスについては、現状のまま厚生制度は現状維持」ということを前提に農民工の都市部での就業を認めた19。農民工の規模は1990年代以降に次々と拡大され、「民工潮」になってきた。しかし、農民工たちはいわゆる都市の外来人口となり、福祉、医療、子女の教育など様々な面では不利益を受けている。農民工子女について、両親が働いている都市部に連れて行き都市部で就学させる子どもは流動児童、一方で戸籍所在地の農村に残される子どもは留守児童と呼ばれている。『2020年中国児童状況』によると、2020年時点では、中国の流動児童の数は7,109万人であり、留守児童の数は6,693万人に達している。人口流動の影響を受けた児童の総数は1.38億人であり、児童全体の46.4%を占めている20。流動児童は都市部で正規の学籍を持たないため、アイデンティティの問題や生活の不安定さにより学力の問題が顕在化している21。その一方、留守児童は長年にわたり親離れの生活で、心理的問題や家庭教育の低下も指摘されてきた22。近年、中国の各地で流動児童や留守児童のために創設した公益図書館が現れ、社会教育支援によって児童の家庭教育力の向上、そして、学力の向上を目指すことを試みている。本章では、流動児童や留守児童のために、中国の農村部の福建省に設置された公益図書館の事例を紹介したい。中国では、政府の施策によって、都市部では豪華な公共図書館が新たに設置されるようになっているが、農村部では、まだまだ普及が十分ではなく、こうした公益図書館が大きな役割を果たしているように思われることもあり、紹介したい。2.4.2 港頭公益図書館の概要と設立までの経緯港頭公益図書館は福建省厦門市集美区後溪鎮の港頭村に位置する民間の公益図書館である。この公益図書館は2016年6月1日に発足し、創設者は港頭村出身の顔鈺棚氏である。顔氏へのインタビュー調査に基づきながら(2024年6月6日、WeChat)、港頭公益図書館について論じていきたい。顔氏は、1984年に港頭村で生まれたが、同村は立ち後れ、村民全体の文化レベルも高くない農村地域である。顔氏は数少ない大卒者の1人である。顔氏はもともと厦門市中級人民法院で10年間、司法警察として勤務し、犯罪者の法廷への連行が業務であった。犯罪者や容疑者との関わりの中で、彼は犯罪者の多くは、教育に恵まれない環境で生育したことを感じた。そして教育が人格形成に対して重要性を持つことを意識し、自分の出身地である港頭村の子どもの教育にも貢献しようと思うようになった。そこで、司法警察の仕事をやめて、港頭村で公益図書館を創設する
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