教育評論第39巻第1号
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98早稲田教育評論 第 39 巻第1号子どもの運動参加に関与する要因として、親の経済力や運動嗜好、学校や家庭、地域社会による機会享受などの外的要因が挙げられ、これらは子どもの運動実施状況に大きな影響を与えると考えられている(片岡,2010;Guthold et al,2020)。他方で、内的要因としては、本人の運動嗜好が強いことや、運動する意義や価値を十分に理解していることが挙げられている(スポーツ庁,2023;笹川スポーツ財団,2024a)。スポーツ庁の調査によれば、週当たり60分以上の運動時間を確保している小・中学生のうち、約70%以上は運動することが好きで、楽しいものだと感じており、約80%以上は運動の価値を理解するとともに体育授業を楽しいと感じている(スポーツ庁,2023)。反対に、週当たりの運動時間が60分未満の小・中学生は、このうち約50%が運動嫌いであり、運動を大切なものと考えておらず、体育授業も楽しくないと感じていることが分かっている(スポーツ庁,2023)。このことを踏まえると、運動実施頻度が高い子どもは、家庭や学校、地域社会による影響を一定受けるものの、その他の要因として「したいからする」という意識で自律性の高い動機づけによって運動に参加している傾向があると推察される(櫻井,2024a;櫻井,2024b)。一方で、運動実施頻度が低い子どもは運動に対して無気力な状態にあるか、もしくは「やらなければならないからする」や「他者に叱られるからする」というような自律性の低い外発的動機づけによって運動を行っている可能性がある(櫻井,2024a;櫻井,2024b)。この場合、後者は前者よりも運動の楽しさや価値を感じづらく、運動離れや日常的な運動不足を引き起こしやすい状況にあることが懸念される(櫻井,2024a;櫻井,2024b)。運動など、ある行動に対する自律的動機づけを形成する上では、有能感が充足することが必要条件になる(速水,2019)。有能感とは「予測不能な状況や環境の中で、自信を持って積極的に対処していくことのできる能力」として定義され(岡沢ほか,1996)、とりわけ運動場面における有能感は「運動を行うことの自信感や運動を行うことで自分が有能であると感じることができる程度」として捉えられている(松本,2007)。先行研究では、運動有能感と身体活動との間に正の相関があることが報告されており(Leah E et al,2015;Lloyd et al,2016)、運動有能感が高い者ほど日常的に運動習慣があることや、運動実施頻度が高いことが明らかとなっている(太田ほか,2014;小林・柊,2018)。木村・尾縣(2021)によれば、習い事として運動をしている子どもはそうでない子どもと比べて運動有能感が高く、その傾向は特に小学生中学年以降で顕著になる(木村・尾縣,2021)。従って、子どもの身体活動を促進するためには、子ども自らが運動有能感を高めることで運動に対する自信を育み、自律的動機づけを形成するための手立てが必要であると考えられる。家庭や地域社会などの外的な環境により子どもの運動参加状況に差異が生じる点(片岡,2010;Guthold et al,2020)や、成長に伴い運動離れや運動嫌いが加速傾向にある点(文部科学省,2017;笹川スポーツ財団,2024b)を鑑みると、義務教育である体育授業で、小学生年代の早期からアプローチすることが重要となる。一方で、こうした手立てを有効に実践するためには、体育授業を担当する教師が予め児童の運動有能感の程度を適切に把握しておくことが求められるが、その理解状況は不明である。一般的に、運動能力が高い子どもほど運動有能感も高くなる傾向があるため(武田,2005;武田,2006;中山ほか,2012;Leah E et al,2015)、教師は客観的な指標から運動能力が高いと評価した子どもは同時に運動有能感も高いと判断しているものと想定される。しかし、例外として運動能力と運動有能感の高低にギャップがある(例

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