1.緒 言成長期における運動は体力やメンタルヘルス、認知機能の向上に加えて、中高齢期以降における身体機能の低下を抑制すると報告されており(田中,2019)、子どもの運動は短期的および長期的効果の観点からその重要性が論じられている。一方で、近年わが国では、子どもの運動能力が年々低下傾向にあること、運動する子どもとしない子どもの二極化が加速していることが指摘されている(文部科学省,2017)。子どもの身体活動基準として、世界保健機関は中強度以上の運動を少なくとも一日60分以上実施することを提唱しているが、近年わが国でこの基準を満たす小学生はわずか9.8%であると試算され、約90%以上は運動不足の状態にある(笹川スポーツ財団,2024b)。このような傾向は諸外国でも見られ、子どもの運動離れや運動不足は世界的な課題となっている。実際に世界146ヵ国の子ども160万人を対象とした先行研究では、子どもの約80%は不活動の状態にあることが報告され、運動不足やそれによる疾患のリスクが指摘された(Guthold et al,2020)。吉村 茜97キーワード:小学生、運動有能感、運動能力、小学校教師、理解状況、アンケート調査【要 旨】子どもの運動離れが懸念される今日、学校の体育授業では子どもの運動に対する自律的動機づけを身につけさせることが求められる。そのため体育授業を担当する教師は、子どもの運動有能感を理解した上でその向上に寄与する教授行為をする必要があると考えられるが、実際に教師が子どもの運動有能感をどの程度適切に把握できているかその実態は不明である。そこで本研究では、小学生高学年を対象に運動有能感を自己評価として調査するとともに、担任教師が予想する児童の運動有能感を他者評価として調査することで、小学校教師における児童の運動有能感に関する理解状況を明らかにすることを目的とした。また、この理解状況について、運動能力と運動有能感の高低が一致する児童とそうでない児童との間で差があるかを明らかにすることを目的とした。本研究の結果として、自己評価点と他者評価点の一致性は低く、教師は全体の約10〜20%の児童に対して運動有能感の程度を過大評価もしくは過小評価していることが示された。また、この理解状況について、「運動能力及び運動有能感が高い児童(HH:high-high)」、「運動能力は高いが運動有能感は低い児童(HL:high-low)」、「運動能力は低いが運動有能感は高い児童(LH:low-high)」、「運動能力及び運動有能感が低い児童(LL:low-low)」の4群で比較したところ、HHとLHに対しては過小評価を、HLとLLに対しては過大評価をする傾向が示された。中でもHLに対しては過大評価の程度が顕著であった。HLに分類される児童は運動能力が優れているものの教師が思っている以上に有能感が低い状況にあることが推察され、子どもたちの運動有能感の涵養を目指す上で、教師による適切な理解促進の必要性が示唆された。小学校教師における児童の運動有能感に関する理解状況
元のページ ../index.html#103