教育評論第38巻第1号
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2核となる教育理論は、教育者エリクソン(H.L. Erickson)による概念型学習モデルであり(赤塚・木村・菰田,2022)、概念型学習モデルを踏まえた授業によって、学習者の批判的思考が深まるとされている(Erickson et al. /遠藤,2017/2020)。一方、概念型学習モデルは、どのような批判的思考指導に関する理論と符号しているのかは曖昧であり、批判的思考指導の方略としてどのような学習活動が行われているのかは十分に解明されていない。加えて、教師らは概念型学習モデルを踏まえてどのような指導を行い、どういった学習活動を実現させようと試みているのかといった、実践の解明も十分ではない。以上2点の解明にあたり着目する教科がIBDPの外国語科である。学習者の批判的思考は、様々な教科で指導がなされることによって高まることがこれまでの研究の蓄積で明らかになっているが(例えば小山,2019;道田,2013など)、特に言語科目が要である(道田・土屋,2017)とされている。実際、高等学校外国語科では、現行学習指導要領でも批判的思考を育成するための指導事項が網羅されている(赤塚,2022)。IBDPにおいては「すべての教師は言語の教師である」(International Baccalaureate Organization, 2017)という立場をとり、とりわけ外国語科目はIBDPの要であると説明している。そこで、IBDPの外国語科の授業に着目すれば、概念型学習モデルの輪郭をより精緻に明らかにできると考え、外国語授業を本研究の分析対象とした。本研究の核となる問いとして、以下の2点を設定する。第一に、概念型学習モデルは批判的思考指導に係る教育理論とどの程度のつながりが見いだせるのだろうか、である。第二に、外国語授業で概念型学習モデルはどのように適用されているのか、である。本研究の意義は、概念型学習モデルにおける批判的思考指導に係る理論的背景と実践での適用についての内実を解明することにより、授業における批判的思考育成に関する示唆を得られる点である。本稿の構成は次の通りとする。第2章では概念型学習モデルの指導方略を概観し、批判的思考育成に関わる教育理論との関連を解明する。第3章では、IBDPの外国語科授業における概念型学習モデルの考え方を整理する。第4章では、概念型学習モデルを踏まえた授業を行う3名の教師へのインタビューを行い、概念型学習モデルがどのように実践で適用され得るのかを特定する。概念型学習モデルとは、Erickson(2008)が提唱した教育方法であり、IBDPにおける教育哲学の中核である。その哲学の特徴を端的に述べれば、次の3点に集約できる。第一に、ジョン・デューイ(J. Dewey, 1859-1952)の反省的思考(reflective thinking)を教育哲学の基盤とし、批判的思考を高めることを狙いとしている点である。第二に、概念理解を深めることによって、授業内で学んだ知識を授業とは離れた場面でも活用できることを究極の目標としている点である。概念型学習モデルでは、授業とは離れた場面で活用することを、エドワード・ソーンダイク(Thorndike, 1874-1949)が認知研究で用いた「転移」という語で表現している(Erickson, 2008)。第三に、概念型学習モデルでは、概念をマクロな概念とミクロな概念の2つに大別し、両方の概念を取り扱うことによって批判的思考が高まる、と考えている点である(Erickson et al. /遠藤,2017/2020)。マクロな概念とミクロな概念のそれぞれの違いは表1の通りである。2.Ericksonによる概念型学習モデルと批判的思考指導に係る教育理論との関連2.1.概念型学習モデルとは

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