教育評論第38巻第1号
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キーワード: 国境離島、離島振興法、有人国境離島、特定有人国境離島地域、対馬、八重山、金門、白翎島【要 旨】歴史教育において扱われる対象となっているのは、「日本史」の場合、基本的には現在の日本国に含まれる領域である。それぞれの地域が各時代に「日本」の一部として認識されていたか否かにかかわらず、現在の「国土」に含まれるところの歴史が盛り込まれるため、古代から近世にかけての歴史教科書の記述では、本州・四国・九州を中心とする「日本」の歴史を中心に描きつつ、北方史と南方史を、付け足しのように組み込むような構成になっている。一方で、かつて日本帝国が植民地支配や軍事的占領を行った地域である台湾や朝鮮半島、南洋群島、中国大陸、東南アジアなどについては、「日本」との関係を除いて地域の通史的な記述はない。このことは、科目としての「日本史」で対象とする「日本」は、あくまでも現在の日本国の領域であり、「日本史」の視野の基点は今日の「日本」であることを表している。これは現在の国家領域が「国土」の最終形態であるかのような誤解を与えかねず、生徒に歴史学的発想を教授し、歴史的思考力を涵養するという歴史教育の目的の観点からも問題がある。そこで歴史教育の素材として可能性を秘めているのが、「離島」である。現在の「国境」によって特定の国家の「領土」であることが自明であると思われがちな「離島」について、国家の視点ではなく島々やそこに生きる人々の視点から捉え直すことで、「国境」や「国土」、さらには近代国家を相対化して捉える視座を養うことが可能となるのではないだろうか。このような歴史教育を目指すため、本稿では基礎的な作業として「国境地域」の島嶼に対する分析視角について検討する。まず、日本における「国境離島」をめぐる政策の展開過程や法的概念としての「国境離島」の定義を踏まえた上で、東アジア海域における「国境地域」の島嶼の地理的状況や歴史・文化・社会・対外交流、そして現状を比較する。その結果をもとに「国境地域」の島嶼に関する分析視角を抽出し、新たな分析概念としての《国境離島》やそれによる島々の比較可能性について提起する。中華民国が実効支配する領域には、台湾島や澎湖諸島の他に、金門、馬祖群島、烏坵1が含まれている。金門、馬祖群島、烏坵は福建省の沿岸に所在する島々であり、大陸までは金門で約2km、馬祖で約20km、烏坵で約37kmしか離れていない。また、台湾島や澎湖諸島が1895年の下関条約で日本領とされたのに対して、金門や馬祖群島、烏坵は日本帝国による植民地支配を受けなかった2。現在、これらの島々を中華民国が領有しているのは、国共内戦の結果として1949年12月に国民党政府の蒋介石が台湾島へと逃れた後も、中華民国側が島々の領有を維持したからである3。その後、これらの島々は国民党による「大陸反攻」のための〈フロンティア〉となり、軍事的な動員態勢が築かれて地域社会を規定するものとなった。1980年代後半に中華民国で55はじめに《国境離島》の比較可能性柿沼 亮介

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