ドイツのベルリンを対象としたコンピテンシーの育成を重視した探究型フィールドワークの事例を紹介した山本(2022b)など、探究型フィールドワークに関する研究も見られるようになった。こうした変化は、知識重視の地理教育から、非認知的能力をも含むコンピテンシーの育成を重視した地理教育への転換という大きな流れを反映しているものと考えられる。すなわち、見学型フィールドワークから探究型フィールドワークへの変化は、知識重視の地理教育から思考スキル等のコンピテンシーを重視した地理教育への転換の中で生じた変化であると言えよう。しかし、実際に日本の学校現場で行われているフィールドワークは、エクスカーション(巡検)を主体とする見学型エクスカーションが多く、中学校社会科や高校地理歴史科の学習指導要領で想定されている探究型エクスカーションの実施率は低くとどまっている3)。こうした傾向は海外でも見られ、イギリスやオーストラリア等の国々ではフィールドワークへの探究活動の導入が1990年代後半から進められているものの(Kent & Foskett, 2005, p.171)、多くの国々では伝統的なエクスカーションの実施率が依然として高い4)。また、フィールドワークに関する研究においても、日本では見学型フィールドワークに関するものが圧倒的に多く、篠原(2001)、松岡ほか編(2012)などがその実践方法や効果についてまとめている。ただ、近年では、生徒がより主体的に参加しうる見学型フィールドワークとして「ウォークラリー巡検」も提唱されており(今井,2023)、新たな動きとして注目される。一方、日本における探究型フィールドワークに関する実践は、見学型フィールドワークに比べると圧倒的に少なく、沼畑(2019)、齋藤(2022)など僅かな報告に限られている。探究型フィールドワークの普及が進まない理由としては、生徒の主体的な活動を保障するために多くの時間を必要とすること5)、知識の習得を重視する教師が多く、思考スキル等のコンピテンシーを育成しやすい探究型のフィールドワークに対する関心が低いこと、などが考えられる。これらの課題の解決にはかなりの時間を要するものと予想されるが、探究型フィールドワークの普及を図る上では不可避の課題であると言えよう。現職教師や教師志望の学生を対象としたフィールドワークの指導力を育成するための実践・理論的研究は必ずしも多くはない。初等教員養成課程の授業に関するものとしては、大学周辺の地域調査を実施し、学生による土地利用図の作成を通して観察力の育成を図った井田ほか(1992)、環境教育の視点から野外観察力の育成を試みた岩本(1993)などがある。一方、中等教育教員養成を目的とした研究としては、「社会科教育法」の授業において野外調査を実施するとともに、中学校・高校の野外調査に関する学習指導案を学生に作成させた山口(1980)、「社会科教育概論」の授業において巡検・オリエンテーリングの実施を通じて野外学習指導の方法を検討した西脇(1997)、「巡検指導体験」を通じて指導力の育成を試みた山口(2012)、教職課程履修者を対象とする授業においてエクスカーション実践を行った中牧(2018)、「地理歴史科教育法」におけるエクスカーションの実践とその効果について報告した池(2018)、教員養成系の大学院生を対象に高校の地理授業におけるフィールドワークのプランを立案させた近藤ほか(2021)、などがある。また、小学校から高校までの教員養成全般における野外調査の指導のあり方について実践392.フィールドワークの指導力育成に関する研究
元のページ ../index.html#45