教育評論第38巻第1号
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して考えられるのが、ルール改正とホッケーにおける安全文化である。ホッケーのルール改正では、競技性向上のほか、安全性向上を重視しているという指摘がある(小林,2010,2017)。安全性を考慮した具体的なルール改正としては、2009年から2010年の変更において「…危険なプレイを誘発することを避けるというこの規則の目的に照らし、空中に上げられたボールがサークル上部を通過していたとしても、攻撃側サークルにうちに入ったということにはならないものとする。」という文章が追加されたことや、2011年から2012年の変更においてグリーンカード(警告時)に2分間の退場が追加されるなどが挙げられている(小林,2017)。更に、2019年度の競技規則では冒頭に「安全ということを、第一に強調する。試合に関わる人はすべて、自分以外の人の安全に十分配慮して行動しなければならない。」という記載がある(日本ホッケー協会,2019,p.2)。ホッケーでは、安全を重視する文化とルール規定が効果的に作用し、事故発生率の減少につながっているのかもしれない。しかし、高等学校における減少傾向を十分に説明できる根拠は現状乏しく、ホッケー競技における安全管理を促進する要因については、更に検討すべき課題であると言える。事故発生率ピークの分析からは、χ2検定の結果、中学校では特定の傾向が見出せなかった一方、高等学校では2015年度と2017年度に集中している傾向が認められた。したがって、2015〜2017年度頃は高等学校の多くの部活動においてとりわけ事故発生率が高い時期であったことが考えられる。なぜこのような傾向が生じたのだろうか。1つの可能性としては、2010年代以降の部活動をめぐる議論が考えられる。部活動に関する新聞への投書記事を分析した野村(2020)によると、部活動に対する記事は、2010年代に入り、2012年の部活動中の体罰が要因となった自殺事件を起点として否定的な意見が急増していることが報告されている。更に、2010年代後半に入るとそれまで肯定的意見が多数であった子どもからも否定的な意見へと転じていることが報告されている。こうした社会背景に加え、文部科学省スポーツ・青少年局は2015年6月に、各学校組織に対して運動部活動等の体育活動中の事故防止に万全を期すことを求めている(スポーツ庁,2018b,p.1)。これらの部活動に関する動向を踏まえると、推測ではあるが、運動部活動は安全面を含めてその実施に慎重な姿勢が求められたのかもしれない。結果として、軽微な事故であっても通院するケースが増えていた可能性がある。以上の検討から、運動部活動での事故リスクの近年の動向について一定の知見を得たと考えられる。中学校では、事故発生率が減少していることについて安全上は望ましいと言える。だが、それが活動時間数の減少によって説明がなされるならば、時間比あたりの事故発生数は変わらず、活動内容が安全に変化しているとは言えない可能性がある。更に、高等学校ではリスク増加傾向にあるため、総合的に見れば運動部活動において安全対策の必要性は更に高まっていると言えよう。他方、ホッケー部のように事故減少傾向にある活動もあり、こうした部活動では安全対策が功を奏しているのかもしれない。減少傾向にある活動での対策には、他の部活動においても参考となる安全管理の方略が潜在している可能性がある。本研究では全体の動向と比較を行うために疫学的アプローチを用いたが、各部活動での事故事例や状況を丹念に分析する臨床的アプローチの方法も考えられ(満下ほか,2021)、多方面でのアプローチで検討をする必要がある。臨床的アプローチが適用可能なデータの一例として、日本スポーツ振興センターは「学校の155

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