教育評論第38巻第1号
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ある研究であると言える。しかし、リスクの把握においては、事故実数での分析では不十分である。リスクの定義から、それを把握するためには発生可能性を考慮する必要がある。部活動のそれぞれでは参加者の人数が異なっていることから、真にリスクの高い活動は実数からはわからない。具体的に言えば、高等学校において陸上競技部とラグビーフットボール部を比較すると、事故の実数が多いのは前者であるが、同時に部活動参加者数も多い(日本スポーツ振興センター,2020;全国高等学校体育連盟,2023)。そのため、実数の多さは参加者数の多さを反映した結果である可能性があり、ただちにリスクの程度を比較することはできない。リスクを把握するためには、事故の実数ではなく、事故発生率の算出などによって記述疫学的な手法が求められる。すなわち、疫学的アプローチを用いたリスクの視点で検討を行う必要がある。学校の事故について、疫学的アプローチを用いてリスク分析した研究には、例えば満下ら(2021)がある。満下らは、小学校の各活動場面における事故発生のリスクを年次別に算出し、全体的な減少傾向を確認すると共に、「道徳」の場面において著しい増加傾向があったことを報告した。また、石榑(1996)は、学校の事故発生率を算出し、これに対して学校の面積や児童数などの環境的要因がおよぼす影響を検討している。更に、高木(2004)は、小学校から高等学校までの13年間の事故発生率を算出し、その経年変化や学年の違いによる変動を分析した。これらの研究に示されるように、疫学的アプローチは、全体的な動向の把握と異なる活動や場面、年次間の比較等を可能し、そこから特異的なリスクの変動やそれを規定する要因を発見できる可能性がある。運動部活動においても、疫学的アプローチが適用可能であると考えられる。日本スポーツ振興センターが行っている災害共済給付について、2021年度の時点で中学校の加入率は99.8%、高等学校等は98.1%である(日本スポーツ振興センター,2022)。そのため、災害共済給付状況を報告している「学校の管理下の災害」には、本邦の部活動において生じたある程度以上の被害規模の事故(医療費が5000円以上)のほぼ全数が記録されているとみなせる。また、日本中学校体育連盟および全国高等学校体育連盟によって、各部活動への加盟者数が調査されているため、部活動毎の参加者数を特定することできる。これらのデータを用いることで、事故発生率の算出が可能となり、運動部活動のリスクとその動向を把握することができると考えられる。これらの議論から、部活動への疫学的アプローチの適用は、リスクを把握・分析する方法として有用であると考えられる。単位人数あたりの事故発生率の算出によって、どのような部活動においてリスクが高いのかを把握することで、安全対策の強化が必要な部活動を特定することができる。また、その年次的推移の縦断的分析や、部活動間の横断的分析を通して、リスクの変動に関連する要因を検討することができる。以上より、本研究では、疫学的アプローチを適用して近年の運動部活動の事故リスクを把握することを試みる。具体的には、各部活動での年次別事故発生率を算出し、各部活動間の差異や年次的な動向を分析することで、近年の運動部活動の事故リスクにはどのような傾向があるのか、そして、それらの変動に対してどのような要因の影響が考えられるのかを考察する。これらを踏まえて、部活動のリスクを把握する方法としての疫学的アプローチの有用性や制約を議論する。147

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