2022)。アメリカの大学での同制度が、TA奨学金の存在からわかるように、大学院生が研究活動を続けるための財政的援助が主要目的の一つであるのに対し、日本での同制度は、大学・大学院における「教育内容や方法の改革といった文脈から提起されたもの」(北野、2006、p. 85)であり、1992年に文部省(当時)の通達によりTA制度が公的に始まった(佐藤、2019)。しかし、1992年以前にも各大学で同様の取り組みが試行されていた。1960年代に国際基督教大学(ICU)が「非常勤助手」(Part-time Teaching Assistant)制度、東海大学が「教育補助学生制度」を導入し、1980年代には広島工業大学や龍谷大学理工学部といった理工系大学・学部において同制度が導入されていた。英語教育におけるTAの役割という文脈において注目したいのは、筑波大学が、1987年に他教科授業に先駆け、一般教育の英語に限定して「教育補助者(TA)」を設けていた点である。なお、その際のTAは、英語学、もしくは英語教育学専攻の大学院生である(北野、2006)。筑波大学での試行については、筑波大学教育計画室(1988)の報告書に、同制度試行の経緯および結果が報告されており、当時の学部英語授業におけるTA活用を知る上で貴重な資料であるため、次章の先行研究の一つとして詳述する。大学での授業は、英語授業に限らず、高等学校までの授業形態や授業担当者との関係性とは異なり、学生の自律的学習態度が求められ、個人の自己管理能力や問題解決能力が必要となる。学術的な英語を扱うEAP授業や母語ではない英語のみで専門的な内容が扱われるEMI授業は、大多数の学生にとって初めての経験である。特に、英語による専門科目(EMI)では、英語での専門的な授業内容の理解とそれに応じたパフォーマンスを前提としており、日本の大学でのEMIに関しては、言語と専門科目の内容の理解という二重の負荷を学生に課していることの問題点が指摘されている(Kojima & Yashima, 2017他)。更にKiyota (2022)は、EMIにおいては、学生が不安(anxiety)、恥ずかしさ (embarrassment)、憤り(frustration)といった複雑な感情(emotions)を持ち、それが苦悩(distress)1へと繋がる可能性を示唆している。EMIに関する効果と困難では、様々な国や地域の文脈も踏まえた包括的な調査・研究が行われている(Bradford & Brown, 2017; Galloway & Ruegg, 2020; Williams, 2015; Yildiz et al., 2017)。EAP/EMIのタスクの困難さについては、スピーキングやライティングといったパフォーマンス活動で困難を認識する学生が少なくないことが判明しており、本学教育学部での調査結果も示されている(Kudo et al., 2017; Matsumura, 2020; Suzuki et al., 2017他)。EAP/EMI授業のタスク等に伴う困難と併せて、同授業形態が学生にもたらす構造的に複雑な問題点や情意面も踏まえた上で、どのようなサポートが必要で、SA/TAがどのように関われるかを考えていく必要がある。更には、SA/TA制度は、faculty development (FD)の観点から、授業担当教員、履修学生、アシスタントに従事する大学院生および学部生といった複数視点からの研究が可能である。特定の大学あるいは学部の実践的な効果検証を行う場合には、利害関係者に対する横断的な調査を同時に行うことが大切である。先に示した筑波大学の先駆的な取り組みの報告書(筑波大学教育計画室、1988、1990)では、学生、教員、TA全てに同じ質問項目でのアンケートを実施しており、そこでの共通項や差異を確1 Kiyota (2022)は「苦悩」(distress)を、“a type of stress that results from being overwhelmed by demands, losses, or perceived threats(ストレスの一種で、要求や損失、認識された脅威に圧倒されることによって生じる:筆者訳)” (American Psychological Association, n.d.)と定義する。128
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