早稲田教育評論 第37号第1号
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⑵『詩経』「大序」と『古今和歌集』「仮名序」今次「学習指導要領」では、論理的思考力の向上のために、古典においても論理的な文章を取り上げることとし、「古文の歌論や俳論などの評論、漢文の思想など」を例示している。(「古典探究」3内容の取扱い⑶のア)〇「題自画」大正元年11月19独坐聴啼鳥 関門謝世嘩 南窓無一事 閑寫水仙花  これらの「題自画」を、学習指導要領の「作品の成立した背景や他の作品などとの関係を踏まえながら古典などを読み,その内容の解釈を深め,作品の価値について考察すること」(「古典探究」内容Aのエ)を実践するために、それぞれの「題自画」の詠まれた時期の漱石の情況や創作作品などを調べる学習が考えられる。漱石と漢文の関わりは極めて深い。未完の「明暗」執筆中に漢詩を詠んでいたことは、芥川龍之介と久米正雄に宛てた手紙によっても知られている。「朝日新聞」に「明暗」が連載されていた時期は大正5年(1916年)5月26日〜同年12月14日である。漱石は同12月9日に病没している。手紙は8月21日に書かれており、その内容は次のとおりである。〇芥川龍之介、久米正雄宛の手紙(八月二十一日付)20 僕は不相變「明暗」を午前中書いてゐます。心持は苦痛、快樂、機械的、此三つをかねてゐます。存外凉しいのが何より仕合せです。夫れでも毎日、百回近くもあんなことを書いてゐると大いに俗了された心持になりますので三四日前から午後の日課として漢詩を作ります。日に一つ位です。さうして七言律です……〈後略〉もちろん、それぞれの「題自画」の詠まれた背景が漱石の詩作とどう関連しているのかを明確にするのは困難であるが、生徒が作品の背景に興味を抱き、漱石の人物像を具体的にイメージするのには有効だと考える。また、漱石と漢詩の関係を調べることで、近世以降の文人の教養や精神の根本には漢文があり、それが作品にも影響を与えていたことの理解にも繋がるだろう。これを受けて、『詩経』「大序」と『古今和歌集』「仮名序」の比べ読み学習が設定されたのだと思われる。次に、それぞれの冒頭を示す。〇「大序」の冒頭 〈※教科書では、以下「厚人倫、美教化、移風俗。」まで載せる。〉詩者、志之所之也。在心為志、発言為詩、情動於中、而形於言。言之不足、故嗟歎之、嗟歎之不足、故永歌之。永歌之不足、不知手之舞之、足之蹈之也。(現代語訳:詩は人の心にあるものの発露である。人の心にあるのが志で、これが言葉に発っせられると詩になる。心の中で感情が動けば、自ずと言葉にあらわれる。言葉で表現しただけでは足らなければ、これを慨嘆(ため息)し、慨嘆しても足らなければ、更に長く声を引いて歌う。歌ってもまだ足らなければ、そのまま覚えずして手が舞い、足が舞を踏む。)〇「仮名序」の冒頭 〈※教科書では、以下「たけき武士の心をも慰むるは歌なり。」まで載せる。〉あいかわらず87

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