早稲田教育評論 第37号第1号
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5円 3円 58円 5円臨海教育・聚落678910111213141516171819林間教育・教授、聚落的早起会おわりに表3 1922年度に臨海教育、林間教育を実施した学校一覧5番号種別学校所在地1234上新川郡舟倉新小学校心身鍛錬上新川郡濱黒崎村中新川郡下條小学校宮川小学校池多小学校下新川郡婦負郡八尾小学校上余川小学校上伊勢小学校中田小学校氷見郡第一氷見小学校太田小学校神代小学校井波小学校般若小学校林小学校福岡小学校東礪波郡高岡市高岡高等小学校下新川郡射水郡生地小学校二丸小学校砂子谷小学校赤丸小学校20東礪波郡富山市西田地方小学校東礪波郡若林小学校に限定されたことなどの諸要因により、主として健康な児童を対象に、幅広い教育的な目的をもって実施される結果となった。とりわけ、本論文で確認したように、実際の活動としては、毎日の水泳のほか、最終日には遠泳や海浜・海中での競技を中心とする水泳大会を実施するなど、鍛練的な意味をもつ活動が主であった。さらに、自然の研究、史跡名勝への遠足、引網見学など、実施地の地域的特色を生かした体験学習も展開されている。以上の活動内容から、両校の臨海教育は、虚弱児童向けの「林間学校」において特徴的な「運動」「栄養」「休養」の3つを柱とする養護を主とした実践ではなく、心身の鍛錬、体験を通じた学習、自治生活の向上に重点を置く実践であったと考えられる。ただし、午前の早い時間に学習関連の活動を実施し、その後に水泳や運動を配した日課や、成果として体重の増減に注目する点は、虚弱児童向けの「林間学校」とも共通する。このように、両実践とも、日課の大枠や成果報告等は欧米型の実践をモデルとしつつ、内容においては鍛錬的活動や、地域性を生かした活動を主とするなど、同時代の「林間学校」と比較して一定の独自性をもつ教育活動としての性格を強く確認できるものといえる。本論文は、明治後期から大正期にかけて、富山市内の小学校が実施した「野外における教育」や「林間学校」の実態及び特質を究明するものであった。その要点を示せば以下のようになる。富山県内では、明治中期から後期にかけて、遠足運動、郊外教授、水泳、学校園など、「野外学校名目的場所上新川郡大村海岸射水郡堀岡村海岸射水郡四方町海岸健康増進・精神鍛錬西礪波郡安居寺校区内浅井神社中新川郡立山寺校区内の各神社参加者指導者数 40名244名 60名150名 80名 70名 80名150名488名179名 40名 50名 50名 20名200名 20名 50名 80名200名期間3日間体育向上中新川郡濱黒崎小学校2日間2日間1日3名6名3名6名4名3日間2名7名4名17名3名3名3名2名3名7名2名1名4名4名2日間氷見郡氷見町海岸7日間氷見郡氷見町海岸1日氷見郡女良村海岸7日間氷見郡氷見町海岸氷見郡太田村海岸6日間氷見郡太田村及島尾海岸3日間1日氷見郡島尾海岸氷見郡宮田村海岸2日間氷見郡太田村及島尾海岸5日間射水郡伏木町海岸5日間氷見郡阿尾村海岸5日間下新川郡越湖濱松林7日間7日間校区内北山溜池附近7日間休暇中 週1回217日間2225日間注1、富山県学務課『社会教育に関する調査 第2輯』(1923年)より作成。注2、地名、学校名等の表記は『社会教育に関する調査 第2輯』の記載に従った。注3、「児童負担」欄の※印は、経費が総経費であり、全額を児童が負担したと仮定して算出した。注4、22番は「聚落的早起会」と記載されているが、名称や期間、人数から通学式の林間教育に類する実践と考えられる。200名 15名510名6名2名11名経費100円出所校費児童負担30銭4円80銭校費村費180円不明不明自費1円20銭 及び米3升不明校費寄付校友会費校費不明自費自費※70銭 35円 15円※30銭 60円校費·自費不明120円※60銭 4円自費校費不明自費不明216円2円70銭不明自費不明不明4円71

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