早稲田教育評論 第37号第1号
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 上の記述からも分かるように、自然研究や、「地方の名所旧跡の現地教授の機会も得られる」「秩序の良習慣を得、自治自活の自然的訓練が行はれる」点などに意義が見出されていた。また、とりわけ、旅行先の地域住民との交流を通じた「社会生活訓練」の機会や、教員と児童とが「四六時中彼等と寝食を共にし、渾一融合して家庭的の温き美しき情趣の味は」う機会として捉えられていた点が注目される。このように、附属小学校では、心身の健全な発達のほか、児童の体験的な学習や地域住民との交流を通じた社会生活の実践、共同生活による自治訓練など、多様宿舎や水泳場の設営には太田村青年団が参加するなど、開催地の住民から協力を得ていた40。附属小の教員らが臨海教育を実施した理由としては、「今度子供のための教育施設といたしまして臨海教育を行ふことになりました。御承知の通り臨海教育は子供の体位向上と精神生活の開拓のために著しい効果のあることは教育上世の定説であります。」と募集文書にて述べたとあり、主に「子供の体位向上と精神生活の開拓」における効果を挙げている41。また、附属小学校主事の中田栄太郎は、心身の健康増進や学習上の効果など、臨海教育の幅広い意義を主張している。以下、中田の「夏季休業と臨海教育」という記事42を参照し、その目的を検討する。中田によれば、臨海教育は、水泳を通じた筋肉の増強、清潔な空気による呼吸器の健康増進、適度な運動による食欲増進と滋養ある食物の供給を通じた消化器の機能増進、「近視的な学習」からの開放など、「其身体上に及ぼす影響実に多大なものがある」という。加えて、海浜の生活を通じて「海を恐れぬ胆力」が養われ、天然美が「神気を爽快にする」など、精神面での成長もその効果として期待できるのであった。さらに、「海邊生活に於ける自然研究は児童の本性によく合体し、学校生活に於けるそれに比して実に多大の相違がある。海其者の研究から海藻採集、磯採集、田園山地の自然物一として児童の感興をそゝらぬものはない。都市をさけて海邊の大自然に抱かれ 其霊感に触れる児童の原人生活ほど楽しく幸福に見えるものはあるまい。」として、学習上においても、学校での学習と比較して大きな利点があることを説明する。さらに、以下のように述べ、その体験学習としての意義を強く論じている。  海邊に児童の好きな画材や詩材の多いことは其自然の発露に依つても伺はれる。林間に於ける海気を吸ふての休養や体操、遊戯乃至読書談話など一段の興趣を添へる。純朴な村の子供や青年達は心から歓迎して呉れる、事實其地方の人達の好意に依るでなければ、目的を達し得られないことをまのあたり目撃してゐる。之等の人達と打ち寄つての学芸会や通俗講話会などは、子供の社会生活訓練として甚だふさはしい自然的のものである。又地方の名所旧跡の現地教授の機会も得られる。更に共同生活として学校生活よりも一層連続的且つ有機的となり、秩序の良習慣を得、自治自活の自然的訓練が行はれる。一日僅々五六時間の少時を以てしては真の教育の施されようがない。四六時中彼等と寝食を共にし、渾一融合して家庭的の温き美しき情趣の味はれる處に於て不識不知の間に行はるべきものである。又機会と必要こそ教育徹底の鍵であることを知らしめる。其ののんびりとした自然の自教育が滞りなく行はれて、チャンスメソッドやケースメソッドといふのは真実臨海生活に於て体験したものゝみの言ひ得る言葉であることを思はしめる。62

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