早稲田教育評論 第37号第1号
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終わりに 34専業主婦にならないといけない。専業主婦は、今でも社会に承認されないでしょう。今の仕事はそんなに多く稼げないが、せめて社会との接点があるので、自分の生活も充実している。専業主婦になれば、社会との繋がりを失うかもしれない。」(M)育児を優先したいが、社会規範から逸脱する恐れがあることを心配し、職業女性になることを選んだMの語りに対して、専業主婦であるQは、自分の心の中にも矛盾を生じていると述べた。「子どもは自分で育てているので、祖父母から子育て支援を求める家庭に比べると、世代間の子育て観の差異から生じる葛藤があまりないので、それはいいことだと思う。 (中略)しかし、毎日子どもと一緒にいるので、時々、イライラしてしまう。自分の活動範囲も狭いし、心が疲れる。現在、周りでは、昼間に子どもを連れて遊びに行くのはほとんど祖父母だ。私は、それを見て自分も老いを感じるし、気持ちがよくない。しかし、何年間仕事から離れたので、今は自分が将来、復職することが時々心配になる。その頃の私は、仕事を見つけるか。職場の環境にうまく適応できるかどうかなどが心配だ。」(Q)Qの語りから、子どもを自分の手で育てることから得られる安心感がある一方、専業主婦になることは社会との接触が少ないという不安も見られる。また、Qが述べたように、現在の中国においては、共働き家庭がいまだに主流であるので、乳幼児の昼間の世話はほとんど祖父母が行うという環境の中で、専業主婦であるQは深刻的な孤立感を感じている。「スーパーママ」像が描いたように、現在の中国においては、公的領域と私的領域の両方とも活躍できる母親像が理想的である。しかし、育児の精緻化が進む現代中国においては、女性は公的領域と私的領域の二重負担を同時に担うのが大変難しくなっている。育児と仕事の両立を目指す現代中国の女性にとって、過度な負担により、彼女たちの育児不安を引き起こすことも看過すべきてはいけないと考えている。本稿では、母親役割規範の世代間変容の視点から、なぜ現在の中国において育児不安が社会問題化になっているのかを明らかにした。研究結果としては、まず、第3世代の女性に対する役割期待は多様化しており、女性の仕事と育児の両立に顕著な困難が見られるということがわかった。計画経済時代には、国家イデオロギーの下で、男女問わず公的領域での生産労働の価値が大きく評価されたことにより、女性たち自身も、公的領域での生産労働を最重要視して、家事や育児といった家庭内労働の価値を後回しにした。しかしながら、改革開放以降、公・私領域の分離により、女性の家庭内労働の役割が強調されるようになった結果、「スーパーママ」像が描いたような、公的領域では独立した女性として活躍することが期待される一方、私的領域では「良妻賢母」として家事や育児にも力を入れることが期待されるようになった。このような女性に対する複数の役割期待は、彼女たちの育児と仕事の対立を強化し、育児不安

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