はじめにキーワード:中国、母親役割規範、世代間変容、育児不安、インタビュー【要 旨】本研究では、3世代の女性に向けてインタビュー調査を行い、それぞれの歴史時代を生きた女性が受けた母親としての役割期待の差異と、それぞれの時代の子育てのスタイルの変容を明らかにすることで、現代中国の母親の育児不安の理由を探り出すことを目的とする。研究結果として、現代中国社会において母親の育児不安が顕在化している理由は①女性に対する役割期待の多様化、②育児責任の母親中心化、③育児の精緻化に伴う子育て負担の増加であることがいえる。まず、母親役割期待の変容について、計画経済時代の理想的な母親像は「職業母」であり、女性の公的領域での生産労働がもっとも重要視されていた。しかし、現代中国においては、公的領域では独立した女性として活躍することを期待される一方、私的領域では「良妻賢母」として家事や育児にも注力することを期待される「スーパーママ」像が主流である。女性に対する複数の役割期待は、彼女たちの仕事と育児の両立にとって大きな障害となっており、育児不安を増加させている。次に、2000年代までの中国においては、夫婦「共同育児」規範の形成と、国から提供されていた「集団保育」制度の充実により、母親の子育て責任が大幅に軽減されていた。しかし、2000年代以降の経済体制の変化により「集団保育」体制が解体され、育児の責任のほとんどは家庭内に織り込まれるようになってきた。それに加えて、現在の中国で主流となっている「スーパーママ」的な規範により、女性の家庭内での責任が強調される中、育児の責任が女性だけに集中するようになっていると考えられる。最後に、近年は「科学的育児」規範の流行により、母親は子どもの身体的発達と心理的発達の両方に配慮しなければならないとされるようになった。そのため、昔の育児と比べて精緻化しつつある現代中国の育児スタイルは、母親の子育て負担をより増加させるようになった。子育ての母親中心化の進行により、現在の中国の母親にとっては育児上で感じる孤独や負担が大きくなり、育児不安を生じやすくなっているといえる。本稿は、現在の中国社会で急速に進んでいる育児不安の問題に焦点をあて、母親に対する役割期待の世代間変容の視点から、現代中国の育児不安の原因を究明することを目的とする。中国において、育児不安の問題は2000年代から注目されるようになり、2010年代に入ると徐々に社会問題化され、マスメディアから多くの注目が集まっている1。現代中国の育児不安に関する先行研究では、アメリカの研究者が提唱した「徹底育児」(intensive mothering)の理論を援用して中国の子育て不安を研究したものがある。そこでは時間23─3世代の女性へのインタビュー調査に基づいて─現代中国の育児不安朱 奕雷母親役割規範の世代間変容から見る
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