早稲田教育評論 第37号第1号
177/228

4.2 朝鮮族週末学校の役割言語教育を行う余裕が少ない。次世代への言語教育において、祖父母世代の存在は最も心強い後援者としての役割を果たしている。この点について、対象者の語るところによると、成は「夫も私も普段の仕事が忙しくて、祖父母も同じく北京市にいるので、幼稚園に行く前にいつも子どもの面倒を見てもらっています。祖父母は漢語が上手ではありません。だから、家の中では全員朝鮮語を使います。最初、娘2人は朝鮮語で話すことに積極的ではないが、朝鮮語で答えることを求められるとそれに従うことが多いです。今は簡単な会話ができます」という。子どもが朝鮮語を学びたがる理由には、朝鮮語が祖父母とコミュニケーションをとるための一番重要な手段であることを意識しているため、自ら進んで朝鮮語を学ぼうとしていることにあることが分かった。その他、順は「韓国には私の親と親戚がいるので、休みがあったら、いつも子どもを韓国に連れていきます。娘は中国で生まれ育ったので、普段漢語を使います。なので、最初、娘は不思議と感じていましたが、私たちの説明と韓国にいる親戚との付き合いから、彼女は違和感がなくなり、朝鮮語のことについて知るようになりました」と答えた。さらに、韓国にいる親族との接触のみならず、春は韓国で本を買う、Hは子どもを連れて韓国の博物館や美術館に行くなど、言語教育に力を入れている。こうした家庭内では自分の持っている文化資本を生かしにくいが、国内の家族とのつながりや韓国にいる親族のネットワーク及び現地の教育資源を活用することを通して、積極的に子どもに民族言語を理解させ、習得させようとする意識が見られる。朝鮮族は移動先での定着の過程の中で、現地社会の状況の影響を受け、様々な問題を抱えるに至ったと考えられる。現地の少数民族社会で最も大きな問題点として現れているのが教育・文化インフラ構築である。インタビューによると、対象者17名のうち、高校まで朝鮮族学校に通った15名は朝鮮族村の出身で、漢民族学校に通った2名は都市出身である。それに対して、対象者の子ども全員が北京の漢民族学校に通っている。次世代の民族文化教育についての危機感と必要性を抱える状況の中、朝鮮族の共同体が存続するために、次世代への民族文化伝承の次善策として、北京などでは漢民族学校に通う朝鮮族学生を対象に、週末ハングル学校形式が運営されている。北京では、「北京正音朝鮮族週末学校」(以下「週末学校」とする)は2013年3月9日、中国朝鮮民族史学会の協力を得て「非営利教育機関」として設立された。安い授業料で経営は支えることが難しいため、週末学校を設立する際には、朝鮮族コミュニティから多くの支援があった。民族言語教育以外に伝統の礼儀作法を学ぶことができ、さらに、入学式、卒業式、運動会なども行われる。その際、子どもたちは民族衣装を着て民族舞踊、音楽などを披露するが、これらの民族教育により朝鮮族コミュニティを支える人材の育成が期待されている6。以下では、娘に週末学校に通わせ、現在も週末学校の教師を務めている香の事例を通じて、彼女が教師になった経緯と朝鮮族週末学校の実態を明らかにする。香は「私たちの世代や親世代と違って、現在読み書きはともかく、朝鮮語が話せない朝鮮族の子どもが非常に多いです。朝鮮族だから、まず朝鮮語ができないとだめです。だから娘を週末学校に通わせることにしました。学校の教師募集の情報を知ったことをきっかけに、自分も先生に171

元のページ  ../index.html#177

このブックを見る