早稲田教育評論 第37号第1号
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(2)北京の朝鮮族コミュニティの特性を見せていた。過去においては、朝鮮族は主に朝鮮族村を単位として、朝鮮族たちのほとんどは漢民族とは完全にかけ離れた朝鮮族村で朝鮮族のみのコミュニティを形成し生活しているため、村の朝鮮族学校などでもすべて朝鮮語で授業がなされただけではなく、ほぼすべての日常会話も朝鮮語によって行われていた。周りの環境について、朝鮮族村出身の調査対象者に質問したところ、「周りはほぼ朝鮮族、漢民族が少ないです」(君のインタビュー記録より)と答えた。他方、都市部出身の対象者に質問したところ、「周りは漢民族が多い。朝鮮族はあまりいません」(賢のインタビュー記録より)と答えた。そのため、漢民族文化で暮らしていた彼らは家庭内外とも漢語を使用することが多い。次に、地元の年中行事に関して、農村部出身の対象者に質問したところ、「村では、朝鮮族の運動会がすごく多かったです。そのときはみんな民族衣装を着て、すごく盛り上がりました」と答えた。都市部と異なり、朝鮮族が集中する農村部においては、毎年朝鮮族の運動会が行われる。競技種目として、通常の陸上競技など以外に、クネ(鞦韆)、シルム(相撲)のような朝鮮族の伝統的な競技も行われる。改革開放以後における朝鮮族人口移動の特徴として、地域的には農村から都市への移動が多い。特に東北三省の集住地域からほかの地域への移動が激しくなった (金・泰 1993)。しかし、1980年代から90年代ごろ、朝鮮族の集住地域である東北地区とは異なり、漢民族と混住する都市部では、①社会的には朝鮮族集住地域のように政府主導の少数民族運動会の定期的な開催がなく、②文化的には朝鮮族の公立学校がなく、③経済的には朝鮮族の経済ネットワークが形成されていなかった(南 2016)。大量の朝鮮族人口が農村部から離れ、朝鮮族の農村部の規模が小さくなるとともに、朝鮮族の伝統的文化も日々衰退しており、昔の伝統遊劇も現在は朝鮮族自治区での観光スポットや全国少数民族運動会などでしか見られない。そのため、今回の対象者の子どものように、現在の朝鮮族の子どもたちは朝鮮族の年中行事に参加することが困難となっている。朝鮮族の移動が朝鮮族コミュニティの解体をもたらしているのか否かについて、朴(2014)は都市化の過程で少数民族は民族アイデンティティを放棄したのではなく、様々な形式で民族コミュニティの再構築を図ることで維持しようとしていることを述べている。たとえば、北京の朝鮮族は自発的に多様な社会団体を設立し、相互扶助と親睦を深めている。現在北京においては、中国朝鮮語学会、中国朝鮮民族史学会、中国朝鮮族科学技術者協会、北京朝鮮族企業家協会、WORLD OKTA北京支会、北京朝鮮族ゴルフ協会、北京朝鮮族サッカー協会、北京朝鮮族老教師協会などの朝鮮族団体がある。しかし、中国朝鮮語学会や中国朝鮮族科学技術者協会のような中国政府の公式の認可を得た社会団体は少なく、ほとんどの組織は政府の認可を得ていない自主的団体である。それらの社会団体には大小様々な規模のものもあり、毎年多種多様な事業やイベントを行っている(花井 2014)。また、北京朝鮮族ゴルフ協会、北京朝鮮族サッカー協会、北京バドミントン協会のようなスポーツ団体もある。それらのスポーツ団体は、スポーツ練習の場所を提供し、毎年競技や運動会を開催する。インタビューでは、成が現在北京朝鮮族サッカー協会に、春と花が北京朝鮮族バレーボール協会に所属していると語った。その他、朝鮮族は中国大都市への移動とともに、自分たちの民族文化も同時に移動させてい169

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