1.先行研究への検討1.1 中国国内大都市へ移動した朝鮮族に関する研究1.2 移動した朝鮮族の次世代への教育戦略に関する先行研究「教育戦略」には子どもに教える言語や学校の選択といったものだけでなく、家族の慣習、趣向、言葉遣いや何気ない振る舞い方、親族やエスニックコミュニティとの関係、家に置いてあるものなどの意識的なものや無意識的なものが幅広く「教育戦略」に含まれている(ブルデュー・ヴァカン 2007)。まず、従来の朝鮮族の移動研究は、中国国内移動と海外移動に大別される。国内の沿海都市と大都市などへの国内移動に関する研究では、大量の人口移動による民族解体の危機論がかつて多くを占めていた。金(1999)は現代朝鮮族の危機を人口危機、教育危機、言語危機、イメージ危機、人材危機という5種類に整理している。しかし、近年、中国における朝鮮族の人口移動に関する研究は、移動先での朝鮮族コミュニティの再構築に注目する発展論が増えてきている。そのうち朴(2014)は、急速な都市化の過程で、人口の大量移動によって伝統的居住地域における民族共同体の「文化危機」への懸念に着目した。また、朝鮮族の国内大都市への移動についてのマクロ的な見地から、移動を経た朝鮮族は移動先において朝鮮族コミュニティを再構築し、民族アイデンティティを様々な形で維持・継承しようとしていることを明らかにした。花井(2014)は、自民族アイデンティティのよりどころを求めて設立・運営された社会組織の活動、及び朝鮮族次世代への民族教育の一環として、上海朝鮮族週末学校への分析を通して、上海における朝鮮族の民族文化伝承の実態を論じた。次に、北京へ移動した朝鮮族の研究について、金(2007)は朝鮮族が経験してきた移住・定住の歴史的過程を概観した。特に北京への人口移動に着目し、マクロ的な視点から、朝鮮族が直面している社会的文化的環境に関して考察を加えてきた。事例研究としては、劉(2012)は0〜6歳の子どもをもつ北京在住の朝鮮族を対象にして、朝鮮族の伝統的家庭教育の内容を「労働教育」、「倫理道徳教育」、「習俗儀礼教育」、「智育教育」という4つにまとめた上で、北京市における朝鮮族の育児方法を示した。以上の研究では、マクロ的な視点から朝鮮族が直面している社会的・文化的環境を考察したものが多い。そこからは、民族アイデンティティの継承において、朝鮮族コミュニティからの影響が大きくなっていることが分かった。しかし、ミクロ的な視点から、大都市へ移動した朝鮮族がどのようにして民族的アイデンティティを維持しているのか、あるいは圧倒的な漢化の中でその一部を変容させながら何らかの調整をしているのか、その文化伝承の実態、特に教育戦略を考察したものは多いとは言い難い。とりわけ民族言語教育は民族文化の継承と相互作用するものであり、民族文化の伝承の再構築及び発展につながるものである。さらに、山本ら(2013)は、移動する家族と彼/女らの子どもに関する問題を研究する際に、家庭レベル、学校レベル及び社会レベルの3つのレベルから分析し、研究枠組みを示唆した。本研究は、北京在住朝鮮族の教育戦略を言語教育の側面から検討し、言語教育を行う場として、家庭内の教育のほか、言語教育において無視することのできない家庭外での言語教育はどのように行われているのかについても注目する。163
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