早稲田教育評論 第37号第1号
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はじめにキーワード: 中国朝鮮族、文化変容、教育戦略、言語教育【要 旨】中国朝鮮族は移動を多く経験している民族であるとされる。彼らは移動のために発生した様々な変化の中で他の言語の影響を受けて、その言語環境や言語意識を変化させてきた。新たな移動先において、現在子どもを育てている朝鮮族の民族言語継承の状況という問題意識が本研究の出発点である。本研究では、北京に在住する朝鮮族の教育戦略に焦点を当てる。とりわけ民族文化の継承に欠かせない言語教育について分析を行う。朝鮮族の移住率は非常に高く、朝鮮族学校がない大都市における朝鮮族の教育戦略を分析することには意義があると考える。この課題に取り組むために、北京へ移動した朝鮮族を研究対象として、彼/女ら自身の言語環境の変容及び次世代への教育戦略について、インタビューによる調査を行った。考察から明らかになったのは、まず、世代間で使用する言語に変化が生じていることである。家庭内の使用言語をはじめ、子どもが漢民族学校に行くことの選択や、周りの社会環境の変化を含め、次世代の民族言語を習得できる場所が減少している。次に、教育方法について、朝鮮族集住地域で生活する対象者の場合は「生まれ育った朝鮮族文化環境による自然習得」が多いのに対して、漢民族との混住地域で生活する次世代の場合は「親が言語で伝える」や「親が現場で教える」のような「意識的に教える」ケースが多く見られる。家庭教育において、朝鮮族の親による言語教育、家族とのコミュニケーションが朝鮮語の習得で非常に重要な役割を果たしていることが分かった。さらに、家庭外教育において、社会教育施設の活用以外に、朝鮮族週末学校の事例から、朝鮮族コミュニティは子どもに朝鮮語を抑圧的に教えるのではなく、自ら朝鮮語の重要性を理解し、興味を持つようにして自主的に学ぶきっかけと協力が必要であることが分かった。これについては朝鮮族自身の言語伝承意識や朝鮮族コミュニティからの支援が見られる。今後の課題として、中国国内のみならず、国内を超えた国際的な比較検討も踏まえつつ、研究をさらに進展させていきたいと考えている。中国は、漢民族1と五十五の少数民族で構成された多民族国家である。本研究では、エスニック・マイノリティである中国朝鮮族(以下、「朝鮮族」とする)が新たな移動先である北京において、次世代に対してどのような教育を行い、またどのような試みをしているのかについて、主に言語教育に焦点を当て、彼らの教育戦略を考察することを主たる目的とする。北京は単独の都市空間ではなく、東アジアという地政学的な条件、また中国の多民族国家としての側面、及び社会主義体制の国という側面が絡まり合う場所であるとされる。北京には多数の少数民族が分散居住しており、郊外には六つの少数民族郷がある(張 2010)。さらに、グローバリゼーション時代において、ヒト、モノ、情報などの都市への集中は加速しており、その現象は161北京へ移動した中国朝鮮族の文化変容と教育戦略─言語教育を中心に─李  俐穎

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