早稲田教育評論 第36号第1号
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史」の中心に位置してきた学力試験による競争と選抜の機能を前提に、「新しい学力観」が求められる「大学全入時代」における大学入試制度の在り方を検討するための試みであろう。他方、大学入試制度の多様化、特に学力試験によらない選抜が、生徒の高校生活に及ぼす影響に関する研究はまだ十分になされていない。中でも、戦前から日本の高大接続の一角を担ってきた私立大学附属・系属高校で学ぶ生徒、つまり、彼(女)らのために推薦入学枠が設けられ、高校に進学した段階で系列大学への進学がある程度約束されている生徒がどのように高校の3年間を過ごしているのかについてはほとんど論じられてこなかった。私立大学附属・系属高校からの選抜競争を経ない、いわゆる「内部進学」制度を利用する大学進学ルートは、日本以外では例を見ない独特の高大接続の形態である(吉田 2011、p. 172)。しかしながら、日本に存在する附属・系属高校の数を正確にとらえた文部科学省報告すらなく、また附属・系属高校における学習に関する研究論文は管見の限り見当たらない。それとは対照的に、教育雑誌や受験生とその親をターゲットにした情報誌などでは、附属・系属高校が積極的に扱われている。附属高校入試に関するガイドブック(2)でリストアップされている首都圏の私立大学附属高校は73校あり、その数は、系属校を中心に近年増加の傾向にある(土田 2008)とされている。附属・系属高校が増えている背景には、教育政策、私立大学側の思惑、また受験生・家族の要望の交差するところにあるといえる。まず、受験戦争への反省と「学力試験とは異なる能力や個性を測る風潮の拡大」の影響(中村 2012)により、推薦入学制度が政策的にも後押しされていることがあげられる(中村 2000、p. 43)。1999年に文部科学省が発表した大学入学者選抜実施要項では、推薦入学枠の目安が3割から5割へと緩和されている。他方、大学側は「大学全入時代」において、安定的に優秀な学生獲得の手段を講じなければならない状況にある。私立大学の副学長を務めた土田は、系属校を増やすことになった理由について「指定校推薦の枠を提供するよりも系列化することで、当該高等学校の教育に全面的にコミットし、安定的に優秀な学生を大学に引き入れ」るためとしている(土田 2008、p. 40)。さらに、高大接続改革が示された2014年の中央教育審議会の答申(3)以降、今後の不透明な「大学入試」にある種の安心感を求める受験生や家族の間で内部進学が可能な大学附属・系属校の人気が高まっているとされる(安田 2021)。このように、内部進学という特有な大学進学ルートを有するがゆえに、かつてなくその供給と需要が共に高まっている私立大学附属・系属高校であるが、実際附属・系属校の生徒の様子は卒業生や学校関係者の肌感覚によるもののみ(おおた 2016)で、ブラックボックスのままである。私立大学附属・系属高校は日本の大学、特に私立大学への進学をめぐる選抜競争のダイナミクスを構成する重要な一要素であることを踏まえると、未だ実証的な検討の試みがなされていないことが不思議に思えるほどである。そこで本稿では、その解明に向けた第一歩として、私立大学附属・系属高校の生徒が希望する大学への進学方法、言い換えれば大学進学ルートに着目し、生徒の学習行動との関係について検討をすることを試みる。72早稲田教育評論 第 36 巻第1号

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