早稲田教育評論 第36号第1号
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64洪が唱えたように、親が子どもに性教育を行うことや子どもの交際も指導を行うことといった家庭教育の内容は1920年代のメディアでよく見られる29。その背景には、江上が指摘したように、女性解放の思潮が盛んになってきた1920年代の中国では、「性」と「愛」がオープンに議論される中、「性」を是正することが求められ、淫乱や禁欲の弊害を防止するために性教育を行うことが提起された30。また、このような動向は家庭教育にも影響を与え、性教育や子女の社交に関する指導も家庭教育の一環として取り入れることが提唱されたためであると推察される。新文化運動の影響により、社会の中で、児童教育への関心が一層高まってきたと見られる。家庭の中にも、親の責任として子どもに教育を受けさせる機会を確保することが当時の知識層から提起された。中流階層の家庭にとって、家運が衰退したときや思いがけない災難に遭ったときには、子どもに継続的に教育を受けさせることが困難であるため、子どもが生まれた後、家計の一環として子どもの教育費を蓄えることが提起され始めた。慧靜「児童教育的儲金」(児童教育の貯金)では、子どもの教育費を確保するために、日常の生活費から子どもの教育費を貯金することが提起された。また、教育費を蓄える方法についても以下のように具体的に提示している。私たちは子どもが一歳の時から、積立預金で子どもの教育費を蓄え始めるべきである。月ごとに3元ずつ銀行の口座に入れ、約14年間で元金と利子を加え、合計千元以上になる。その時、子どもも14歳になり、小学校教育がすでに修了し、中学校に進学する時期になる。そうすれば、千元の元金と利子を五、六年に分けて引き出しても足りるだろう31。また、同先「我将怎様做父母親:根據家庭和社會所得的經驗」(私は将来、どのように親となるか:家庭と社会から得られた経験に基づいて)でも以下のように述べている。教育費の確保は子どもにとって、最も重要なことである。母親は子どもが生まれてから、豊かな家か貧しい家かにかかわらず、日常生活費を節約し、その一部を蓄えるべきである。もし家運が衰退した場合、子どもを学校に通わせない場合でも、貯金を教育費として使うことができる。そこで、家はどんな災難に遭っても子どもが退学せざるを得ないという状況には至らないのである32。1920年代の中国では、子どもの学校への進学率の向上により、子どもに中等以上の教育を受けさせることを必須とする考え方が知識層の中で提起された。その理由については、清末から民国初期にかけて、近代の教育家の提唱および政府の教育経費の投入により、初等教育がある程度整備され、中流階層の親の子どもへの教育期待は、初等教育に留まらず、より高いレベルの教育を受けさせることを望んだのではないかと推察される33。子どもへの教育期待の高まりに伴い、子どもに継続的な教育を受けさせることが重要視される早稲田教育評論 第 36 巻第1号(3)子どもの教育を受ける機会の確保:家計の一環として子どもの教育費を蓄える

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