早稲田教育評論 第36号第1号
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ることも論じている。楊妍の論文では、新文化運動期以前に行われた家庭教育の改良をめぐって研究しているが、その考察は『婦女雑誌』の誌面のみに基づいており、現実にはどうであったのかが、まだ解明されていない。また、新文化運動期を経た1920年代の中国では、封建制度への批判と西洋から流入した児童中心主義の受容により、家庭教育の中でいかに新たな展開が見られたのかについても検討すべきである。そこで、次節から、新文化運動を経た1920年代中国の時代背景のもとで、当時の知識人が唱えた理想的な親子像、家庭教育像およびその実態を検討することを試みる。理想像の考察については主に民国期の女性向けの代表的な刊行物である『婦女雑誌』を取り扱い、1920年代の『婦女雑誌』で掲載された家庭教育に関わる論説を検証した上で、知識層が理想とする親子像および家庭教育像を明らかにする。また、民国期の代表的な知識人および彼らの子女が書いた回想録、自伝およびインタビュー記録に基づいて、当時の知識人が次世代に与えた家庭教育の実態を論じる。知識人が理想とする家庭教育像と実態の違いによって、家庭教育は、西洋から流入した新文化と伝統中国の儒教主義的な旧文化の間でどのようにせめぎあったのか、そして、両文化がいかに融合して中国の家庭教育の近代化が模索されたのかを明らかにする。1920年代の中国では、女性解放の風潮により、男性知識人にとって、理想的な配偶者は近代学校教育を受けた女性であった。『婦女雑誌』第9巻第11号は、「配偶者選択號」という特集号を掲載し、「我之理想的配偶」(私の理想的な配偶者)をテーマとして読者からの投稿を募集した。瑟盧「現代青年男女配偶選擇的傾向」9(現代の男女青年が配偶者を選択する時の傾向)では、投稿者の背景を以下のように分析した。投稿者は合計155人であり、その中で男性は129人、女性は26人であった。職業別で見ると、学生や学校の教員がその多くを占めていた。また、配偶者に対する学歴的期待について、中等教育程度以上の教育を受けた女性が配偶者として期待されると答えた男性はほぼ半数を占めていた。なぜ配偶者に中等教育以上の学歴を求めるのかについて、特集号に寄稿した楊尚松は以下のように述べている。(前略)現在、人々は教育の重要性を意識し始めた。ただし、女子教育はさらに大切だと思う!欧米人は家庭教育と学校教育を同じように重要視している。理由として、子どもが家庭で過ごした時間は極めて多く、家庭教育がうまく行われないと、学校教育でいくら補足しても、何の足しにもならないのである。旧式の女性は子どもに対して溺愛するばかりであったので、子どもに適当な「訓育」が行われなかったのである。それはどれほど残念なことか!彼女たち自身は「訓育」とは何かさえ知らないので、適当かどうかとは言えない。そのため、私は、師範卒業生が配偶者になってほしい。女子師範からの卒業生が受けた教育は旧式の女性から教えられたわけではないので、子どもを訓育する方法も適切だと思う。また、そのよ1920年代中国における近代家族の形成に関する一考察─知識人家庭における子育ての理想像とリアリティをめぐって─592.近代家族における理想の母親像(1)近代学校教育を受け科学的な知識で育児する母親

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