キーワード:教育ガバナンス、政府、「社会力量」、貧困支援、教育開発【要 旨】本稿では、中国の教育行政における中央政府の「社会力量」(政府以外の社会団体・組織)に対する認識変化を検討する。また、貧困地域における教育機会の平等を実現するために、いかに政府が「社会力量」を活用してきたのかを、ある貧困県のケーススタディから明らかにすることを課題として設定している。こうした課題に取り組むために、本論文では、まず中央政府が公布した指導的な法律や文書に対して、テキスト分析を行っている。次に、華北の貧困県であるS県における政府及び「社会力量」による教育支援の事例を取り上げ、政府の提唱する教育ガバナンスの下での「社会力量」の教育施策の関与を具体的に検証している。結論は以下の通りである。第一に、中央政府は中華人民共和国建国後、次第に国内の「社会力量」に注目するようになった。改革開放の進行に伴い、政府は教育分野における海外を含めての「社会力量」の役割に注目し始めた。第二に、教育分野における「社会力量」の役割については、当初、政府は現場の物資提供の機能を重視したが、徐々にその知力提供の機能を重視するようになった。第三に、2010年代以降、教育ガバナンスの概念が深まるにつれて、教育ガバナンスにおける他のアクターとの連携を重視するようになった。はじめに「社会力量」は、社会組織、社会公益団体、基金会(財団)、NGO、NPOなどの様々な形式を含む幅広い概念であり、すでに1954年の「中華人民共和国憲法」で提示されている。1978年の改革開放政策の展開後、政府は教育行政施策において、民間の組織・団体の財力・知力、いわゆる「社会力量」を活用してきた1。とりわけ21世紀に入って以降、こうした動きが活発化している。本稿の課題は、政府の「社会力量」に対する認識の変化を検討するとともに、貧困地域における教育機会の平等を実現するために、いかに政府が「社会力量」を活用してきたのかを、ある貧困県のケーススタディから明らかにすることを課題として設定している。世界各国における教育改革の中で、教育ガバナンスという理念が、注目されている。ガバナンスについて、武者(2007)は、「公共的課題や組織的課題の解決のために、複数のアクターが相互作用的に機能している状態を指し示す概念」2としており、ガバナンスは、参加するアクターの多様性を強調している考え方である。そして、中国において、教育ガバナンス(中国語で「教育治理」)には、政府の他に、社会組織、利益集団、市民や個人(褚・賈、2014)3など多様なス205教育ガバナンスにおける「社会力量」に対する ─中国のK省のS県の教育支援をケーススタディとして─認識変化に関する一考察劉 琦
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