早稲田教育評論 第36号第1号
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注1 鶴見総一郎(1956)「博物館総論」,社団法人日本博物館協会編『博物館学入門』,理想社,p.12.2 大谷杏(2019)「成人移民へのフィンランド語教育を提供する公共施設─地域社会とのかかわりと学習以外の機能にも着目して─」渡辺幸倫編『多文化社会の社会教育─公民館・図書館・博物館がつくる「安心の居場所」』,明石書店,pp.89-103.3 金侖貞(2007)『多文化共生教育とアイデンティティ』,明石書店,p.20.4 朝倉征夫(1995)「多文化・多民族共生社会と社会教育の課題」,日本社会教育学会編『多文化・互作用の中で参加者の創造性が評価されていく」チクセントミハイの創造性システムモデル(図3)が実現し、子どもたちが文化(領域)や社会(場)と関わり合いながら自己(個人)を鍛える場になりうることが提示された。さらに、現地のミュージアム2館の教育学芸員へのインタビューからは、スタッフが子どもにとってのミュージアム経験をどのように位置づけているのかが明らかになった。図1で提示したように、文化生活に対する移民の影響に関して「豊かになった」と回答する割合がヨーロッパのなかで最も高く、異文化に対して寛容な態度が醸成されているフィンランドのミュージアムでは、とくに自文化や他文化といった線引きをすることなく、子ども自身の感性やアイデンティティを尊重したミュージアム経験が目指されていた。アテニウム美術館のECは、子どもが自分の存在について芸術作品との対峙を通して想像する機会を設けることを意識していた。これまで、異文化理解の促進については、未知の文化とどのように出会うか、という視点から多くの研究がなされてきたが、異文化に寛容なフィンランドの事例から明らかになったのは、自己への理解やアイデンティティへの考察を深めることにより、他者の受容や異文化理解にもつながる心理的な土壌が育まれる、という新たな視座である。もちろん、本論での一部のミュージアムのデータをフィンランド全体のミュージアムに当てはめることは早計であるものの、多文化共生の実現に向けて、いきなり異文化理解へ一足飛びに向かうのではなく、まずは市民一人ひとりが自分の足元の文化(自文化)への理解を深めることが肝要である、という示唆は、在日外国人数が増加し続ける現代の日本社会においても有用である。最後に本研究の課題として、子どもの概念規定の曖昧さが挙げられる。現代美術館キアズマのインタビュー中で語られていた乳幼児からATCに参加した14歳の生徒まで、本論では成長過程にある未成年というゆるやかな枠組みで「子ども」を捉えたが、教育学の観点からミュージアム体験の意義をより精緻に考察するためには、ミュージアムや当該プロジェクトの想定する子どもの範囲をより明確にする必要がある。また、今回インタビューで取り上げた施設は国立美術館であったが、地方の私立博物館や小規模館でも同様の傾向が見られるか否かについては今後取り組むべき課題である。さらに、フィンランドでこのような実践が実現している背景に関して、博物館制度および学芸員養成課程や研修制度を含めたシステムの観点からより詳細な検討が求められる。これらの点についての論考は、別稿に譲ることとする。◆本研究はJSPS科研費19K14109(研究代表者:山本桃子)の助成を受けたものである。201

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