た考え方」といった、芸術に関する知識に留まらない思考力が鍛えられる点が指摘された。これは、従来の知識を伝授する一方向のギャラリートークだけでなく、参加者からのフィードバックを取り入れながら行う双方向の鑑賞プログラムによって実現するものであると考えられ、子どもの思考力醸成へのミュージアム経験の意義が示された。アテニウム美術館においても、子どものミュージアム経験を重視するという点においてはキアズマと同様の見解であったが、芸術作品の鑑賞が子どもにどのように働きかけるかという点において、より具体的な言及がなされていた。ここでキーワードとなる共同、共感について、佐藤(2003)は「(こうした『共同』・『共感』への注目とそれをめざす実践は)他者とともに生きることを積極的に肯定する表現でもあり、互いに人間性をみまもり、その過程をともに享受できる可能性が含まれる」37と、その重要性を指摘している。アテニウム美術館のように歴史的な芸術作品を扱う館の場合には、子どもに作品を身近に感じてもらうために様々な工夫が必要である。しかし、サトゥやエリカは、作品が今を生きている子どもと離れた時間軸の存在であるからこそ、子どもたちが過去に思いを馳せるきっかけになりうる、とそれらのデメリットをメリットとして捉えていた。このように、作品が出来上がる時代背景や作者のパーソナリティをミュージアムの空間のなかで想像することによって、子どもたちも自分自身の存在や文化的背景について考えを巡らせる機会となりうることが、アテニウム美術館のインタビュー結果から示された。フィンランドの子どもを対象とした文化プロジェクトの分析や教育学芸員へのインタビュー調査の考察から、以下のことが明らかになった。まず、フィンランドの社会通念として子どもの文化体験を非常に重視しており、代表的な例が2017年より実施されている8年生(14-15歳)の子どもたち全員に芸術鑑賞の機会を無償で与える大規模プロジェクト「アート・テスターズ・キャンペーン(ATC)」であった。このような取り組みが実現している背景として、教育文化省が取り組む2030年までに国内のミュージアムをヨーロッパの中で最も先端的(up-to-date)なミュージアムにするプロジェクト「ミュージアム・ポリシー・プログラム(Museum Policy Programme)」など、国策として文化を重視する姿勢が挙げられる。また、ATCのWebサイトでプログラムに参加した子どもたちの感想(レビュー)がリアルタイムで更新されるなど、子どもたち自身からのフィードバックを重視し、体験や経験の意味づけを当事者である子どもたちの感性に委ねている点が特徴的であった。このような芸術鑑賞機会の創出により、「芸術に関する学習活動において、社会や文化との相200結 論ECのエリカが、子どもが美術作品に対面することで「人間のアイデンティティがどう作られているか、美術のなかでアイデンティティがどうやって作られているか、社会のアイデンティティはどうやって作られているか」という点について想像する機会となる、と語ったように、単に鑑賞によって作品の情報を得るだけではなく、子ども自身へのアイデンティティへ想像力が及ぶような経験として、ミュージアム体験の意義が見出された。
元のページ ../index.html#206