早稲田教育評論 第36号第1号
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は何なのか」ということを理解できると思います。「私は誰なのか、なぜここにいるのか」、そういうことをより理解できるようになると思います。 ここで展示されている絵を見るときに、子どもたちはそれを見ながら、作品ができるまでの選択、過程を考えなければいけません。そのイメージは、アイデンティティに関係があります。(美術作品を通じて)人間のアイデンティティがどう作られているか、美術のなかでアイデンティティがどうやって作られているか、社会のアイデンティティはどうやって作られているか、といった内容について、子どもたちは作品を前にして常に考えます。このように、エリカは芸術鑑賞を通して、子どもたちが自身のアイデンティティへの関心を深めることができる、と語った。絵画や彫刻など、目の前の作品が出来上がるまでの過程を具体的に想像することで、子どもたちが過去へイメージを馳せ、それが自身のルーツや人間のアイデンティティへの想像につながるのではないか、とエリカはミュージアム経験の意義について述べた。ここまで、作品の解釈が子ども自身のアイデンティに結びつくことを目指しているECの姿勢が語られた。他方で、前章のATCでの子どもの芸術体験へのフィードバックが必ずしもポジティブなことばで語られなかったことからもわかるように、単純に「おもしろい」「素晴らしい」といった感想に結びつきにくいのもまた事実である。ここで語られた、作品の時代背景や作家の制作過程に思いを馳せることは、アクティブな楽しさというよりもむしろ内省的で静的な楽しさであると言える。フィンランドのミュージアムでは子どもたちに自己や作品と対話するための機会を与えるという観点から、子どもの楽しみを重視している様子がわかった。以下では、2館の教育学芸員へのインタビュー分析から見いだされた共通点と各館の見解の特徴を記述する。まず、共通点として、両館とも子どもの来館を非常に重要視していた。現代美術館キアズマでは乳幼児向けプログラムの実施、アテニウム美術館ではハンズ・オン展示や週末のワークショップの定期開催によって、子どもたちが少しでも芸術を身近に感じられるような工夫が数多く見られた。子どもの来館を奨励する理由として、国立現代美術館キアズマでは未来の来館者の養成を視野に入れつつ、子どもの時期に芸術に触れることが子どもたちにとって重要な意味を持つためであると語っていた。さらに、子どもを「(大人に比べて)未熟な存在」として捉えるのではなく、子どもならではの感性を尊重し、「子どもであるという理由で、(美術館にとっては)非常に重要な来館者」である、という認識を抱いていた。このような子ども観については、先述したフィンランドの教育行政や社会背景も影響していると考えられるが、現代美術館キアズマにおいても子どもを積極的に受け入れようとする姿勢が見られた。また、現代美術の鑑賞を通して「美学だけではなく、批判的思考、民主的な意思決定、独立し1993.3 考 察

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