(ATCのWebサイト掲載のデータ2021年9月時点より筆者作成)このように、2回の体験のみでは子どもに文化活動を習慣化させることは難しいものの、どんな感想を抱いたとしてもそれを体験する場を設定することこそが重要であり、それがよりポジティブなものであるかどうかは別の問題である、という実情を窺い知ることができる。チクセントミハイの創造的システムを「社会的構成主義的な思想」とし、創造性を静的なものではなく、個人・領域・場の相互作用の中で社会的に構築されるものであるとしている森(2013)は図3のチクセントミハイのモデルを引用しながら、芸術に関する学習活動において、社会や文化との相互作用の中で参加者の創造性が評価されていく、と論じた。図3をATCの例に当てはめてみると、「個人」は同プロジェクトに参加する生徒であり、場は選定されたアートイベント、領域はアートイベントが属するアートジャンルとして読み替えることができる。その場合、例えば美術館での展覧会の場を想定すると、生徒は出かけた先の美術館で新たな刺激を受け、また展覧会で展示されている作品や学芸員の案内によって情報を得て、図3のような何らかの新たな感覚を体験する。そこで展示されている作品や企画展は、美術館が文化の領域から新規性によって選択したものであり、そうして個人の創造性は場と領域と個人とを循環して鍛えられていく。193図2 「もう一度これ(ATC)を体験したいと思いますか?」への回答ATCでは、子どもたちにアートを理解させよう、アートに関する知識を授けよう、といった芸術教育の観点とは異なり、子どもたちが普段と異なる場でアートを体験することそのものが重要である、というゆるやかな枠組みのなかで子どもと文化との関わりを生み出そうとしている。これは、「フロー理論」で知られるチクセントミハイ(Csikszentmihalyi, 1999)の創造性システムモデルと共通点が見られる考え方である。チクセントミハイは、創造性を発揮する内的プログラムにおいて、人が最も楽しむことのできる活動は新たな発見や新しいものをデザインするときだ、と指摘した31。また、創造性の発揮における「場所」の重要性についても言及し、さまざまな伝統を起源とする情報が交換される場所を「文化の交差点」として、「複雑で刺激的な環境は、新たな洞察をもたらすのに役立つ」と、創造性を発揮するプロセスにおける周囲の環境がもたらす影響の大きさを取り上げた32。芸術に触れる体験は、この「創造性を発揮する場所」の条件を満たしている。
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