合、高速鉄道やバスなどアートイベントを体験する施設までの移動に相当な経費がかかる。舞台や展覧会の観覧料といったアートイベント体験に直接かかる経費だけでなく、現実的な問題としてその場所までの移動費も含めた支援は、前例の少ない取り組みであると言えよう27。さらに、上記のWebサイトに「このキャンペーンの規模は世界的に見ても非常にユニークです」とあるように、このような手厚いサポートを全国規模で行っている点、その実施が可能である点が、フィンランド独自であると言えよう。また、このプロジェクトではアートイベントを体験した子どもがどのように感じたのか、というフィードバックも積極的に集めている。同サイトによると、2021年9月現在で累計約13万件のレビューが集まっており、子どもたちの直接の感想がリアルタイムでオンライン上に反映されている。フィードバックの内容はいずれもシンプルで、上記のように「アートはどうでしたか(What was the art like?)」という設問に対して子どもたちが回答を選択する形式になっている。回答の内訳を見ると「巧妙だった(skillful)」と「困惑した(confusing)」の割合が17%、さらに「おかしい、不気味(weird)」と回答した割合が16%とほぼ同等であり、子どもたちが同プロジェクトでアートを体験し、「困惑」や「不気味」といったもやもやした気持ちをフィードバックしていることが明らかになった30。ここで注目したいのは、アートイベント体験を好意的に評価していない感想であっても、子どもたちの意見として積極的に採用している点である。上記の結果を見ると、ATCを体験したことで、アートに対して「おもしろい(funny)」(12%)や「華やかだった(brilliant)」(11%)というポジティブな感想よりも、「困惑した」や「おかしい、不気味」といった比較的ネガティブな感想を抱いている子どもの方が多いことがわかる。ミュージアムに限らず、演劇や歌劇で芸術を体験することは、必ずしも子どもにとって好意的な反応で迎えられるわけではないが、その困惑を含む出会いこそが芸術の醍醐味でもあり、あらゆる14歳の子どもにその出会いを体験させるATCは極めて興味深いプロジェクトである。また、このほかにも「アートはあなたをどんな気持ちにさせましたか?(How did the art make you feel?)」や「この体験をあなたはどのように表現しますか?(How would you describe the experience?)」など、アートに触れた時の子どもの感性に則した設問が設定されていた。図2は「もう一度これを体験したいと思いますか?」という設問への回答で、アートイベントのリピーターになるかどうかを尋ねている。「はい(Yes)」「たぶん、おそらく(I might)」「もしかしたら(perhaps)」「必要に迫られたら(If I had to)」「いいえ(No)」の5つの選択肢からなる回答内訳を見ると、再訪についてポジティブな意見(「はい」と「おそらく」)の合計が34%、「どちらともいえない」(「もしかしたら」)が34%、ネガティブな意見(「必要に迫られたら」と「いいえ」)の合計が30%と、いずれの回答も概ね同程度である。192Webサイトによると、アートイベントの体験先として選定された施設(destinations)はフィンランド国内で98か所あり、参加している学校計793校の本プロジェクトによる総移動距離を合計すると、241万4千kmにもなるという28。これは、フィンランド北部のラップランド地方の中心都市ロヴァニエミから南端にあるヘルシンキまでの移動距離29に換算すると約1,250往復分にも相当する。
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