た。同調査については次節で詳述するが、フィンランドは移民・難民の多いヨーロッパの中でもとりわけ社会で異文化を受け入れる素地が醸成されていることが確認された。では、実際にどのような取り組みが行われているのであろうか。以下では、フィンランドのミュージアム制度や近年実施されている芸術鑑賞プロジェクト(アート・テスターズ・キャンペーン)の分析、および現地で行った学芸員へのインタビュー調査結果の考察をもとに、社会で異文化を受け入れる素地はどのような要因によって育まれるのかを明らかにする。研究方法として、各種資料を参照しつつ、ナラティヴなデータについて質的分析を重点的に行った。質的分析を採用した理由として、本論は多文化共生の実現に向けたミュージアムの現代的な役割を問う研究であり、既存の仮説が一般化可能であるか否かを検証する仮説検証型の研究とは異なる手法が求められると考えた。内容は2部構成であり、前半(2章)はフィンランドの制度や現行のプロジェクトについて書籍およびオンライン上に公開されている資料をもとに分析した文献研究、後半(3章)は筆者が2017年に現地で行ったインタビュー調査結果を分析したフィールドワークによる実証研究である。2章では、主な資料としてOECDによる『移民の子どもと学校─統合を支える教育政策』(2017)やヨーロッパミュージアム統計委員会(European Group on Museum Statistics: EGMUS)の「ヨーロッパのミュージアム統計の手引き(A Guide to European Museum Statistics:以下、欧州ミュージアム統計)」(2004)、2017年よりフィンランドで実施されている14歳児向けプロジェクトThe Art Testers CampaignのWebサイトの情報を分析対象とした。3章では、ヘルシンキ市内の2つの国立ミュージアムの教育プログラム担当の学芸員、すなわちエデュケーショナル・キュレーターを対象に実施した半構造化インタビュー調査の結果を分析した。インタビューの概要については、3章の冒頭で詳述する。なお、引用中の下線による強調はすべて筆者によるものである。本章では、はじめにフィンランドの社会状況について、移民がどのように受け入れられているのかを概観する。次に、文化事業について、教育文化省による国内のミュージアムの管轄や同国のミュージアムの種別を参照する。さらに、具体的に実施されている文化プロジェクトの例として、2017年より全国展開されている「アート・テスターズ・キャンペーン」の事例を分析し、フィンランドの社会が子ども向けに文化体験の機会をどのように創出しているのかを明らかにする。社会に移民が増加した際に、人びとは文化生活や教育システムにそれがどう影響すると捉えているのだろうか。図1は、欧州社会調査(2012)の「文化生活に対する移民の影響」と「教育システムの状況に関する認識」の関連を27カ国で比較したものである14。縦軸が「文化生活に対す1881.2 研究方法と対象2.フィンランドの文化に関する制度と取り組み2.1 社会への移民のインパクト
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