ログラムは、より一般化した「ミュージアムの展示物を多文化共生の目的でどのように活用できるか」という本論の着眼点からはややずれる。その他の社会教育施設では、図書館での多文化共生の取り組みを扱った研究として、小林(2007)の「図書館における多文化サービス」7の論考がある。小林は、日本の図書館における多文化サービスについて、多様なマイノリティ住民、すなわち歴史的な経緯を持つ在日韓国・朝鮮人、中国人やニューカマーとしての外国人労働者、中南米系の日系人など様々なバックグラウンドを持つ外国籍の人びとを対象に実施されている、と論じた8。そのうえで、図書館の多文化サービスの本質について「『同じこと』と『違うこと』の双方の軸を大事にすることである」9とし、「マイノリティ住民のためだけのサービスではなく、マイノリティ、マジョリティ双方が共生する地域社会における図書館をより豊かで魅力的なものにしていくサービスである」10と結論づけた。翻って、ミュージアムにおいて対象とされている主な外国人が国内に居住している人々ではなく、訪日観光客であるという点も課題として指摘できる。独立行政法人国立文化財機構の「文化施設の観光誘致・多言語化推進に係る調査報告書」(2017)では、外国人観光客誘致のための様々な調査項目がある一方で、国内に居住している在日外国人のミュージアムへのアクセシビリティをいかに向上させるか、という点についてはほとんど触れられていない。無論、外国人観光客へのサービスも重要な課題ではあるが、社会の一員として国内に居住している外国人への対応も決して軽視されるべきではない。同報告書において「交流・理解促進の場づくり」という項目のなかで指摘されている問題点として、対面での来館者交流の多くをボランティアに頼っている現状、そして海外のミュージアム施設に比べてボランティア制度の整備が不十分である点が挙げられており、異文化を相互に理解し合う場としてミュージアムがどのように機能すべきかという点については言及がなされていない。このように、国内における多文化教育のためのミュージアム活用に関する研究は端緒についたばかりである。海外の事例に目を向けると、岩本(1995)による「博物館における多文化教育─イギリスの事例から─」11が挙げられる。岩本は、1993年秋から半年間開催されたロンドン博物館における企画展「ロンドンに集う人びと─海外からの居住の一万五千年─」の内容と実現までの経緯を分析し、「『戦前のこの国は均質な白人社会だった』という思い込みがいかに歴史の事実に反する幻想であるかを、物証として博物館資料によってはっきり示した」12と同展覧会を評価した。このように、エスニックマイノリティというテーマに対してミュージアムがアクションを起こす事例は欧米で盛んである13。そこで、本論ではフィンランドの子どもを対象とした文化プロジェクトとミュージアムでのアイデンティティ形成に着目し、ミュージアムは多文化共生の実現にどのようにアプローチしうるかを検討する。フィンランドに着目する理由は、近年移民が顕著に増加している点や国内ミュージアムの館種比率が日本に近い点のほか、最も注目すべきは文化生活に対する移民の影響がポジティブに受け入れられる点である。「文化生活に対する移民の影響」は、2012年の欧州社会調査の項目のひとつであり、調査参加国28カ国中で「豊かになった」という回答の割合が最も高かっ187
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