早稲田教育評論 第36号第1号
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う題目で、北海道の国立アイヌ民族博物館や台湾の順益台湾原住民博物館、ニュージーランドの太平洋諸島移民への博物館の取り組みなどが取り上げられているものの、いずれもマイノリティの視点からいかに博物館を安心の場所にしうるか、という観点から考察が行われており、少数民族の事物をメインコレクションとして扱わない一般のミュージアムが社会においてどのように多文化共生の実現に供するか、という視点は欠けている。そこで、本論では多くの移民や難民を受け入れながら「多様性を尊重しながらの統合」を社会目標として掲げているフィンランドの事例を分析し、多文化共生のためのミュージアムの機能を検討する。移民のジェンダー平等、差別を無くし、異なるグループ間の積極的な交流を促進することを目的に2011年に施行された「移民統合の促進に関する法」に見られるように、フィンランドのあらゆる移民政策において「統合」という言葉がキーワードとなっている2。本論の問いは「ミュージアムは多文化共生の実現にどのようにアプローチしうるか」であり、この問いについて検討するための先進事例として、フィンランドの文化事業とミュージアムでの経験に関する分析を試みる。多文化共生は急速に進むヒト・モノのグローバル化において喫緊の課題である。本論における多文化共生とは、さまざまな文化の存在を相対的に捉え、それぞれの違いを個性として認め合いながら相互理解を深めることを指す。多文化共生教育とアイデンティティに関して金(2007)が「教育における文化の多様性を前提とする多文化教育は、多元主義、多文化主義に立脚し、1つの文化を絶対的に捉えるというより、複数の文化を相対的に捉え、諸民族が共存していくことを目的とするものである」3と定義したように、多文化共生を実現するためには多文化教育の実現が欠かせない。また朝倉(1995)は、多文化教育と社会教育について次のように指摘した。「多文化、多民族共生社会における多文化教育としての社会教育は、個々の人間には、人種、民族、性、社会階級、障害等にかかわらず固有の価値、即ち、人間としての幸福を追求する権利を認めるという考え方に立脚する」4。つまり、多文化教育としての社会教育とは、固有の価値を認める考えのもとで展開される、人間としての幸福を追求する権利である。このように、多文化共生を実現するためには、多文化教育を踏まえた社会教育が必要不可欠であり、そのためには公民館、図書館、博物館といった各社会教育施設での取り組みが非常に重要となる。しかし、日本において、博物館および美術館のミュージアム施設を多文化共生のためにどのように活用していくか、という視点での研究はこれまであまり行われていない。主な実践として、国立民族学博物館が提供している世界の各民族の文化を所蔵品の貸出によって学べるキット「みんぱっく」5が挙げられる。みんぱっくでは、「異文化との出会いにおいてどのようにモノを見つめ、それらと語らうことができるのか」6ということをテーマに、子どもたちがパッケージ化された所蔵品に触れながら、未知の文化を知るプログラムが行われている。内容は多文化教育の主旨に沿うものの、文化人類学者監修といういわば各国文化の専門家によって構成されている同プ1861.1 研究背景と先行研究

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