キーワード: 多文化共生、異文化理解、ミュージアム、フィンランド、子どもの芸術鑑賞、エデュケーショナル・キュレーター、社会教育施設【要 旨】多文化共生や異文化理解の促進が社会課題として叫ばれて久しいが、未だ有効な打開策は明示されていない。多文化共生社会の実現に向け、社会教育施設であるミュージアム(博物館・美術館)はどのような役割を果たしうるか、という問題意識が本論の出発点である。この課題に取り組むために、多文化共生の実現モデルとしてヨーロッパの中でも特に文化生活に対する移民の影響に寛容なフィンランドの事例から、在留外国人が増え続ける日本社会に有用な示唆を得ることが本論の目的である。フィンランドでは近年移民が増加し、いかにして社会の文化的多様性を実現するか、という課題に直面している。同国は外国人居住者に対して「多様性を尊重しながらの統合」を掲げ、誰もがアイデンティティを尊重される包摂的な社会の実現を目指している。本論では、フィンランドの文化事業と国立ミュージアムの取り組みに焦点を当て、とりわけ子どもに対する文化体験の提供やミュージアム経験の意義について分析を行う。これは、異文化理解促進のための第一歩として、未来の社会の担い手である子どもへの働きかけが有効であると考えるためである。考察から明らかになったのは、芸術作品の鑑賞によって子どもが自身のアイデンティティについて想像する場を創出することで、異文化を受容する態度が醸成されているのではないか、という示唆であった。従来異文化理解の促進については、未知の文化とどのように出会うか、という観点で多くの研究がなされてきたが、本論で明らかになったのは文化体験によって自己理解やアイデンティティへの考察を深めることにより、他者の受容や異文化理解につながる心理的な土壌が育まれるのではないか、という新たな視座である。かつて国立科学博物館事業部長を務めた鶴田総一郎が、「博物館学総論」(1956)のなかで「これから研究されねばならぬ教育学の特殊な方法として、博物館学的方法が厳存するといえる。そしてこの方法の特殊性は、博物館資料という『もの』を媒介とし、『それを置く場所』(施設と土地)を利用して、人間に『働きかける』(教育普及)というところにある」1と語ったように、博物館学と教育学とは緊密に関わり合っており、それは博物館学と社会教育学においても同様である。一方で、昨今の社会教育分野で頻繁に議論の俎上に載る「多文化共生」の実現のために、ミュージアムが社会においてどのような機能を果たすべきか、という点について、国内で十分な検討がなされているとは言い難い。渡辺幸倫編著の『多文化社会の社会教育 ─公民館・図書館・博物館がつくる「安心の居場所」─』(2019)では、「見て聞いて触って学ぶ博物館の役割」とい1851.はじめに多文化共生を実現するためのミュージアムの役割─フィンランドの文化事業と学芸員インタビューから─山本 桃子
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