早稲田教育評論 第36号第1号
150/258

144また、文部省は、東京都を含めた「長欠児童・生徒の全国調査」を1951年に開始しており、東京都の長期欠席者・義務教育未修者の調査が他の地域より遅れたと考えられる。文部省は、夜間中学校は6・3制の本旨と抵触するとし、夜間学級を設置することに反対していた。これは、東京都で初めて設置された足立区第四中学校夜間学級の設置経緯に良く表れており、同校校長の伊藤泰治の以下の経験をもって明らかになる。伊藤校長は全国教育長指導主事講習会に参加し、そこで福島県の中学生が貧困のために就学を放棄して千葉県で就労しているという問題を耳にし、それがきっかけで長期欠席生徒の問題を真剣に考えるようになった。暫定的な手段として尋常夜学校のような措置で解決するしかないと考え、伊藤校長は、足立区教育委員会、東京都教育委員会、文部省へ強い働きかけを開始した。しかし、文部省の態度は東京都教育委員会や足立区教育委員会の態度とは全く対照的であった。つまり、文部省は夜間学級設置に反対し、その理由を次の5項目で示した10。 1)夜間中学校は学校教育法で認められていない。 2)夜間中学校は労働基準法違反に通ずる。 3)夜間中学校を認めることは、生活保護法・学校教育法によって課せられている国・地方公共団体および保護者の学齢生徒の正当な教育を受ける権利を尊重し、保護すべき義務を怠ることを正当づけることになる。 4)夜間中学校は生徒の健康を蝕む。 5)夜間中学校では、中学校の各教科にわたって満足な学習ができない。それに対して伊藤校長は以下の考えを示した11。 ① 戦後の諸法律は、確かに非常に立派なものであるが、急迫せる国民生活の実情とやや離れたものである。 ②全国中学校長欠生徒約三十五万(昭和二十六年)を看過すことは現代の悲劇である。 ③ 長欠の原因は、1)性格不良及び知能劣等の者で就労放棄したもの2)経済的事情のため到底昼間の通学の余裕のないもの3)一家無人のため昼間家事に励まねばならないもので、1)を除き、2)3)は現下の事情では夜間学級をつくる以外には救済の方法は全くない。 ④ 夜間授業を行ってはならないという規定は教育基本法にも学校教育法にも同施行規定にも見当たらない。また二部授業としてこの特定の生徒が在校時間がずれて夜間に及んだという解釈が成立つ。 ⑤ 労働基準法違反の件については、ここの生徒は正式の雇用関係が結ばれておらず、また家庭の留守居・子守り等で、現下の国情ではこれを厳格にとがめることはできない。 ⑥ 六・三制を乱す、つまり昼間部の生徒の流入は、民生委員・前在校長の「夜間就学やむを得ず」という証明等の基準を設け、生活の好転をみたものは昼間の正常な中学へ転向させる。これを受けた東京都教育委員会は、文部省の反対を抑え、慎重な態度を取りながら試験的に夜間学級を設置することを許可し、次の事項を設置条件として示した12。 1)暫定的な試案として運営し、恒久的な制度とすることは望ましくない。 2)運営については常時教育庁と連絡して指導をうけること。

元のページ  ../index.html#150

このブックを見る