早稲田教育評論 第36号第1号
14/258

8指導アプローチを採用しているとする明示的な記述は管見の限り見当たらない。ただし、IBプログラムにおける教育方法の開発に従事したエリクソンは、自身の概念型学習を論じる著書で「ロン・リチャート(Ron Ritchhart)、リンダ・エルダー(Lindda Elder)、リーチャード・ポール(Richard Paul)、キャロル・トムリンソン(Carol Tomlinson)などの教育指導者や研究者による著作物は、本書にある最新の考えを裏付けるものである」(Erickson, Lanning, & French, 2017, p. 4)と説明し、概念型学習のバックボーンとして、リチャード・ポールの理論を援用していると説明している。Paul(1987)は、問いを中心とした授業、とりわけ議論や対話によって批判的思考が高まるとする立場をとっている。このことから、エリクソンによる概念型学習の枠組みは、対話や議論によって学習者の多面的・多角的な視点を向上させることを目的とする、Paul(1987)の批判的思考の方策に依拠していることが確認できる。その証左として、表5の項目2及び3において、概念の解釈を問答によって明らかにしようとしていることが確認できる。以上を小括すると、IBの批判的思考育成の方略は、「『問い』により導かれ、調査や実験を通して動的に展開し、問いへの答えで終わる編集方法がとられ」(渡邉,2014,p. 43)、それを支える学習理論として、ウィギンズ・マクタイの逆向き設計、エリクソンの概念型学習、ブルームらによる思考のタキソノミー、ポールによる対話型の学びの4点が埋め込まれていると言える。前項で、IBプログラムにおける批判的思考指導については、問いを中心とした授業展開を核としながら、4つの理論が組み込まれていることを明らかにした。本項では、それぞれの理論の枠組みと関係性を整理する。① ブルームらによる思考のタキソノミー早稲田教育評論 第 36 巻第1号2.3 問いを中心とした4つの批判的思考指導に係る教育学理論Bloom et al(1956, Anderson & Krathwohl, 2001により改定)によって提唱された思考のタキソノミーとは、思考レベルを6段階に分けたうえで、低次思考力(lower order thinking skills)と高次思考力(higher order thinking skills)の2種類に分類したものである。Anderson & Krathwohl (2001)は、低次思考力として記憶、理解、知識習得を分類し、分析、評価、創造といった力は高次思考力に該当するとした。DPでは、カリキュラム編成上の工夫として「分析、統合、評価に基づく批判的振り返りおよび批判的思考を促す」(International Baccalaureate Organization, 2014, p. 19)指導を行うことを教師に求めており、Bloom et al(1956)により分類された高次思考力レベルの学習活動を通して、学習者の批判的思考の育成を目指そうとしていることが確認できる。その証左として、DPで使用される教材には、高次思考力レベルの問いが多く含有されている、という報告もなされている(Kawano, 2016; Yasuda, 2021)。② エリクソンの概念型学習Erickson(2008)は概念型学習と呼ばれる枠組みを提唱した。概念型学習では、概念に対する理解を深めることを重視し、概念の機能を転移可能な思考態度・技能を修練する装置と見做し、学習者が物事の本質に迫ろうとする態度や技能を身につけることを究極の目標としている。そのための教育方法として、知識・理解を促す問いや、概念理解を深める問い、議論を喚起する問い、の3種類の問いを用意し、それらに学習者が応答することを通して、物事の本質に迫れるよ

元のページ  ../index.html#14

このブックを見る